あっちの世界ゾ〜ン第五十九夜「那須高原の怪」

三堂りあるさん談



みなさん、梅雨が明けたくせに大雨なんぞ降って蒸し暑い日々、いかがお過ごしですか?

こんな時の避暑目的なら那須高原なんかオススメです。

あそこは「出ます」。


これは僕が中学生の頃の話ですから、もう7,8年前の話です。

山田○塾に通っていた僕は有名な「夏合宿」に参加することになりました。

「夏合宿」とは塾生を那須高原のいくつかのホテルを借り切って

缶詰状態にして無理矢理勉強させる日々の一週間のことです。

実に辛い日々でした。

「こっち」的にも「あっち」的にも・・・


あてがわれた部屋に入って、部屋の隅の押し入れの前がなんか「変」だと思っていました。

僕らの部屋は八畳くらいで、メンバーは七人。

荷物などを置くスペースに一畳使って一人一畳で布団がひける計算になります。

ジャンケンで負け、僕がそこになってしまいました。

でも、当時から「あっち」系の話が好きでしたが、そういう世界は自分とは無縁だったので、

これといって心配はしていませんでしたし、体験出来るものならしてみたかったのです。

そう、これが若さゆえの過ち・・・


翌日、僕は悲鳴をあげて起きました。

部屋のみんなもびっくりして近づいてきました。

右足が強烈に痛いのです。「ひねった」とか「つった」というレベルではありません。

「折れた」くらいの激痛です。涙が滲むほどです。

医務担当の先生の所に運ばれて診察されましたが、外傷がないので

骨にひびが入っているかもしれないということで病院でレントゲンをとりました。

骨に異常はありませんでした。

不思議がる面々。

でも僕はなんとなく原因がわかっていました。

そう、あの部屋のあの場所です!


夕方頃には幾分痛みも引いてきました。

そこでいろいろ理由をつけて友人Hと寝る場所を代わってもらったのです。

そして翌日。

僕の足は嘘のように直っていました。

代わりに、友人Hが右足の痛みを訴えていました。

その日、この事を部屋のみんなに話すと好奇心旺盛なKが

自分もそこで寝てみたいと言い出しました。

よせばいいものを。

翌朝、Hの右足は直り、Kが右足の痛みを訴えました。

あまりに出来過ぎていて先生に疑われた程です。

少なくともその部屋には何かあったんです。

何もしなければこれくらいで済んだのです。

なのに僕らは「アレ」をしたがためにエラい目にあってしまったのです。


つづく

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那須高原の怪(その2)


那須高原のとあるホテルに夏合宿に行った僕らは

そこで寝ると必ず右足が痛くなる場所のある部屋に泊まるはめに・・・


原因を突き止めようということになった。

これはおそらく「霊障」だ。

ならば霊を呼び出して聞くのがてっとり早い。

てなわけで「百物語」をすることになったのでした。

授業から解放されて、午前0時くらいから開始しました。

ロウソクとか手に入らないので、一話終わるごとに電気を消す(なんだそりゃ)ことにしました。

今思うとかなり馬鹿な事をやっていますが、当時はかなり疲れていたのです。

最初はみんな真剣でしたが、20話を過ぎたあたりから、

なんかタルくなってきて、

「もうやめようぜ、明日早いから」と言い出す奴も出てきて、雰囲気が悪くなりました。

とりあえず、1/4の25話までやろうということで、23話か24話を話している途中−−−


フッ


と電気が消えました。

「おい、話は終わってねーぞ!」

「つけろ、つけろ!」

みんな、苛立っていたので非難が電気係に集中します。

「俺、消してないよ」

電気のスイッチに一番近いそいつがそう言いました。

みんなの座っていた配置的にそいつ以外が電気を消すことは出来ないのです。

電気係の奴が僕らを脅かしてやったんだなと思っていると、

カタカタと障子と襖が音を出しました。


地震か?


と思っていると音が激しくなり始めました。

床は揺れてません。地震じゃない!

真っ暗な部屋の中、ガタガタガタガタと障子と襖の揺れる音がします。

この状態は普通じゃないと感じた時、

ブーーン、ブーーンと

虫の羽音ともバイクの音ともとれる音が部屋のどこからか聞こえ始めました。

「なんだよぉ!」

「やばいよ!」

ガタガタッ

怖くなってみんな襖を開けて廊下に逃げ始めました。

僕は判断が遅れて最後に逃げるはめになりました。

急ぎ過ぎたせいか、誰かを踏んでしまいました。

僕が最後で7人全員、廊下に出ました。

廊下から部屋を見ると真っ暗な部屋は廊下の明かりで照らされいましたが

しばらく、障子や襖がガタガタ鳴っていました。


そこで僕は自分が部屋を出る時に「誰」を踏んだのか?という疑問に気がつきました。

そう、僕らの「百物語」を僕ら以外の8人目も聞いていたのです。

音がやむのを確認するととりあえず、

部屋に戻って電気をつけ、窓を開けて空気を入れ替えました。

みんなこの部屋では寝たくなかったのですが、

廊下にいると怒られるのでその晩はなんとか努力して寝ました。


そして、翌日。

僕は塾の先生から那須高原にまつわる「ある話」を聞いたのです。


つづく(次回完結)


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那須高原の怪(完結)


当初、避暑に最適とかいう趣旨で書き始めたのですが、冷夏で十分涼しく

ぎゃふんな感じで超MMです。

今回でこの話はおしまいです。

長くてすみません。


僕らの部屋には何かいて、しかも出るので

なんとか部屋を代えてもらえないかと先生に相談してみました。

すると「どこも出るから気にするな」と言われました。

僕らの部屋はあのホテルで「出る部屋ナンバー3」で、

もっと「出る」部屋もあるとのことでした。

廊下の壁に入っていく男の霊や、天井から眺める目とか

いろいろな話がこのホテルにはあるらしいのです。

そんなに出てよく経営が成り立つと思いましたが、なんでも、夏しか出ないそうです。


古株の塾の先生の話によると那須高原のこのあたりは「おば捨て山」だったそうです。

塾が借り切っているホテルのほとんどに「あっちの世界」系の話があるというのです。

僕らのホテルには前の経営者の死んだお子さんがよく遊んだ家庭用のブランコが

置かれている(封印されている)開かずの部屋があったり、

となりのホテルの入り口にあるお地蔵さんは、ロープウェイの事故で亡くなった家族を

弔うものですが、夜、そこに血塗れの家族の霊が出るとか、

ホテルに限らずいろいろな噂があるとのことでした。

「おば捨て山」だったからそういうモノが集まるのではなく、

そういう山だったから「おば捨て山」になったのかもしれませんね。

これが中学時代に僕が那須高原で体験した話と聞いた話です。


でも、

那須高原はとてもいいところです。

自然が多く、空気もおいしく、都会のストレスを発散するには最適です。

夏場はサイクリングやハイキングが楽しめますし、冬場はスキーが楽しめます。

今回はこんなカタチで紹介しましたが、行けば必ず「出る」というわけではありませんし、

そういう目的で行かれるのは賛成しかねます。

彼らにも彼らなりの生活というものがあるのですから、

我々にそれを荒らす権利はありません。

興味半分でそういうモノと接すると痛い目に遭います。

まあ、「こういう話もあるんだ」程度に聞き流して下さいな。


おしまい。





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