あっちの世界ゾ〜ン第二十七夜「吸血鬼と鬼婆では、どっちがコワイ?」

NARUさん談


はじめまして。NARUと申します。

最近このサイトの存在を知り、楽しく拝見させてもらっています。

全ページ読破した記念に、私も一発書き込みたいと思います。

(ちょっと長くて、すみません)


文明病ってやつですか。

AIDSから花粉症まで、昔は存在しなかった(あっても少数派だった)

病気が現代に蔓延するというのは、ヤな感じですね。

便利・清潔を旨とする現代人の抵抗力は、どんどん低下してるんでしょーな。

で、最近不気味なのは結核が密かに流行ってるらしい、ということ。

結核と言えば・・・堀辰雄、サナトリウム、幸薄い若者、

されど美しい青春、インテリの病気・・・てなイメージは貧困でしょーか。

(つーか、古い! わしゃ、いくつじゃ?)

で、皆さんご存じのように、(知らないっちゅーに)

かつて日本では、結核というのは「死に至る病ナンバーワン」でした。

今はナメられたもんで、せっかくケッカクにかかっても、

「死んじゃうのねー。インテリなのねー。デリケートなのねー」

なんて同情と憧憬のまなざしを浴びることもなく、

「えええっ!? 今どき結核ぅ〜っ!? ぎゃはははは(爆笑)」

てな反応を浴びるのがオチです。

「結核なんて抗生物質で直るんでしょ」

「子供の頃予防接種したはずじゃん」

・・・ところが今の結核というのはなかなか強力らしく、

「抗生物質1発で全快」などというヤワなものではないらしいんです。

事実、私の知人2人も(共に20代)この進化型(?)結核にかかってしまい、

1人は、冗談ではなくサナトリウム入りしています。


私の地元には、大昔から結核治療を得意としていた病院がありまして、

戦中戦後は、ずいぶん繁盛していたらしいです。

(今は見る影もなくさびれた普通の総合病院です)

私の祖母はそこの看護婦でした。

これは(ボケる前の)祖母から聞いたお話です。


その病院には結核患者専用の病棟と外科の病棟があったんですが、

祖母は当初、外科病棟のほうで働いていました。

(その頃の話もなかなかクルものがありましたが、それはまた別の機会に─)

半年ぐらいして結核病棟の人手が足りなくなってきたので、そちらに異動したそうです。

終戦直後の栄養事情の悪さがたたって、結核患者の数は増える一方。

特効薬もまだそれほど普及しておらず、毎日バタバタと患者が死んでいきました。


ある日、祖母は久しぶりに外科病棟の看護婦詰め所

(当時はナースステーションなんてシャレた呼び名はなかった)

へ遊びに行き、妙な噂を聞きました。

外科病棟に女の幽霊が出る、というのです。

実際「見た」という看護婦もいましたが、そんな噂を祖母は笑いとばしました。

当時も今も豪傑で通っているババアです。

おまけに非科学的なことが大嫌い。

戦時中も、空を横切るB29の編隊に対して

「やーっ」

と竹槍をかざす女子供を見ては

「アホらしー」

と一人さめきってたそうです。

祖母は宿直の日は必ず外科病棟の方も見回ることにしました。

「幽霊とやらの尻尾をつかんでやる!」

泥棒か誰かのいたずらに違いない、と確信していました。


当直のある晩、祖母がいつも通り外科病棟を見回っていると、

フっと廊下を横切る白いものが目につきました。

「出たな・・・」

音を立てないように、しかし早足で、祖母はその白い影を追いかけましたが、

廊下を曲がった所ですぐに見失ってしまいました。

人間とは思えないスピードでした。

「ちぇっ。すばしこい奴」

正常な神経の持ち主なら、この時点で「やっぱり出た〜」とビビるのが普通です。

祖母は「絶対につかまえてやる!」と鼻息を荒くしました。

そのゴーツク、いや、ゴーケツさは尊敬に値します。

で、一応、全病棟を見回った後さきほどの廊下に戻りました。

「確か、この辺りで消えたはず・・・」

と、その時、祖母の耳はヘンな音をとらえました。

「チュ〜、チュ〜、チュ〜、チュ〜、・・・」

音は廊下の突き当たりにある手術室のほうから聞こえてきます。

「ズズッ、ズチュ〜、ブチュ〜、グチュ〜、・・・」

まるでディープキスのような卑猥な音(笑)。

わずかに開いている手術室のドアから中を覗いてみると、

手術台の上には、熱く抱擁し合う患者カップルが・・・

ウソです(爆)

誰もいない手術室の中、何かを吸うような音だけが響いています。

「チュ〜、チュッ、チュッ、ブチュ〜、・・・」

ふと手術台の下の方に目をやると、例の白っぽい影が・・・

若い女の後ろ姿でした。

しゃがみこんでチューチュー音を立てている女に向かって祖母が

「何をやっているの?」

と声をかけようとした瞬間、背後の気配に気付いた女が、ゆっくり振り返りました。

その時の顔は一生忘れられない、と祖母は言います。

唇の回りを血で真っ赤に染め、つり上がった目でギロリと祖母を睨むと、

「見ぃ〜〜 たぁ〜〜 なぁ〜〜」

「ひっ!!」

さすがの祖母も短い悲鳴を上げました。

文字通り般若のごとき凄惨な顔には、しかし、見覚えがありました。

「○○さん!?」

その女は祖母が面倒を見ている結核病棟の患者だったのです。

まだ十代でしたが、結核が原因で色々な併発症を起こし、担当医もさじを投げている状態でした。

彼女は、手術台の横にあるゴミ箱を漁り、あろうことか、手術時に患者の

体から流れ出る血を拭いた大量の脱脂綿を「チューチュー」と吸っていたのです。

当時、「人間の生き血を吸えば、結核が治る」という迷信があり、

少女はワラにもすがる思いで、夜な夜な手術患者の流した血を吸っていたのでした。


吸血のかいもなく(?)、少女は数週間後に息を引き取りました。

数ヵ月がたち、祖母の恐怖の記憶も薄れかけていた(おいおい早いぞ!)頃、

「手術室で血を吸う音がする」

という噂がささやかれ始めました。

成仏できない少女の霊が、今なお人血を吸い続けている・・・

当然、祖母はこの噂も一笑に付しました。

再び立ち上がる勇者ババア。

(と言っても、その頃はまだうら若き乙女だったはず。ごめんね、バアちゃん)


例によって「うりゃー、出れるもんなら出てこんかーい!」

とばかりに指をならしつつ宿直の日を待っていたのでした。


当日、祖母はうっかり宿直室でウトウトしてしまい、

気がつけば、幽霊が現れるという丑三つ時をすっかり過ぎてしまいました。

慌てて外科病棟の例の場所にかけつけたものの、

「シーン・・・」

怪しい物音などぜんぜん聞こえてきません。

「やっぱり、そら耳よ。幽霊なんているわけ・・・」

念のため手術室をチェックしようと近づいた時、ドアがほんの少し開いていることに気付きました。

無意識に耳をそばだてると・・・

「チュッ、チュッ、チュッ、チュッ〜・・・」

(ウソだろ!?)

祖母が手術室にそっと足を踏み入れ、手に持ったランプで中を照らすと・・・

手術台の横にボーっと浮かび上がる丸い背中。

しかし、それは少女ではなく、頭の禿げ上がった中年オヤジでした。

「やめなさいっ!」

祖母は、ゴミ箱に顔をつっこんでいる吸血男(!?)の肩をぐっと引き寄せました。

口いっぱいに大量の脱脂綿をほおばった男は、振り返りざま

「ぐへへへへ〜」

と不気味に高笑いしながら外へ飛び出していきました。

翌日、その中年男の首吊り死体が近所の林で見つかりました。

この男も死期が迫った重症の結核患者だったのですが・・・

祖母曰く、「祟りだ、祟りだって大騒ぎになってねぇ」

・・・その患者は、吸血少女が亡くなった後、同じ病室に入院していたのです。


以来、その病室に入院する患者は皆同じような吸血鬼になって狂死するだの、

相変わらず手術室から血を吸う音が聞こえるだの、さまざまな噂が飛び交いましたが、

その頃すでに他の病院に移っていた祖母は、

(その事件が原因というわけではなく、単にそっちの病院の方が条件がよかったかららしい)

「また、バカなこと言ってるワ」と全然取り合わなかったそうです。

その後、夢の特効薬「ストレプトマイシン」が普及して、結核の死亡率は激減し、

「吸血患者」の噂も盛り下がり、ついでにその病院の経営も盛り下がってしまいました。


「死んでる幽霊より、生きてる人間のほうがよっぽどコワイ」が祖母の口癖です。





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