あっちの世界ゾ〜ン第十九夜「黒球(こっきゅう)」

冥界船長さん談


その小学生は嬉しかった。

大好きなお父さんの自動車の助手席に乗って、

今日は名古屋からおばあちゃんの居る大阪に向かうドライブだった。

名神高速道路は快適な流れで、お父さんは鼻歌まじりでハンドルを握っている。

その小学生はドライブに連れていってもらうのが大好きであった。

回りの景色がびゅんびゅん飛び去っていく高速道路のドライブは特に好きであった。

その小学生が最初の異変に気づいたのは何時頃であっただろうか?

最初はフロントガラスにくっ付いた

小さな黒いゴミかと思っていたが、どうやら違うみたいである。

車線の遥か前方に何かはわからない黒い影のようなものが見える。

お父さんの自動車は相変わらず快適に走っている。

前方の視界には他の自動車は一台もいない。

前方の黒い影は徐々に近づいて来るようである。

何故ならば黒い影は徐々に大きくなってきている。

影のようなものは近づいて来るに連れ、

黒い球であることにその小学生は気がついた。

黒球はごくゆっくりであるが着実にこちらに近づいて来ている。


「お父さん、あれなぁーに?」と聞こうと思った時には、既に遅かった。

知らぬ間に金縛りに陥ったのか一言も発せられない。

お父さんはどうやら前方の黒球に全く気づいていないようである。

否、見えていないのである。

黒球はもう目の前まで迫ってきている。

既にトラックぐらいの大きさにまでになっている。

「お父ーさん、ぶつかるーーっ!よけてーっ!」と、

心の中でその小学生は叫んだが、それは無駄な抵抗でしかなった。

とうとう車はその大きな黒球に突っ込んだ。


「ひぃーーーーっ!!」


その小学生は思わず叫んでしまった。

目の前のフロントガラスには無数の男女の顔が張りついている。

恐怖に引きつった顔、苦しみもがいている顔、泣いている顔、

ススだらけの真っ黒な顔、無念そうな顔、顔、顔、顔、顔・・・。

網膜に焼きつく一瞬のストップモーションの後、

無数の顔たちは左右にあっと言う間に飛び去っていった。

もうそこには黒球は無かった。

その小学生はショックで意識が遠のいていくのを感じた。


相変わらずお父さんは鼻歌まじりでハンドルを握っている。

お父さんの自動車は予定通り無事に大阪のおばあちゃんの家に着いた。

おばあちゃんがちょっと興奮気味に

お父さんに話をしているのを、その小学生は聞いてしまった。


「さっき大阪のSデパートで火事が起おて、ぎょうさん人が焼け死んだようや」


               * * *


苦痛に歪む無数の顔は誰の顔であったのであろうか?

黒球は何処へ向かっていたのであろうか?

大人になったその小学生が重い口を開いて、冥界船長によくぞ語ってくれた話。

これも実話である。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。







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