沁あっちの世界ゾ〜ン・第三十五夜「きつねについて」
ちゃるさん談
| どーも、狐系(動物系)で盛り上がっているので、少々。 狐神系には系列がたくさんあります。 仏教(密教)系では「ダキニ天」の騎乗動物のインドジャッカルが 中国を経由して、日本に入る際にすでに「狐」でした。 「ダキニ天」はヒンズーの女神というか、 屍鬼・鬼女でシヴァ神が幽鬼の元締めとして顕現するときの眷族です。 ダキニは美しい天女の姿で、例のジャッカルに乗っています。 (デジカメ使いこなせたら、画像送れるんだけど(^ー^; ) このジャッカルが中国・日本の人には狐に見えます。 で、よりなじみの深い「きつね」になったんだと思います。 ちなみにこの女神さまの御利益は、修行者を魔から守るとか 食物を与えてくれるとか、護身系の神様です。 でも、もともと鬼女なので、いいかげんな扱いをすると肝を取りに 来るそうなので、「狐神」が怖いというのもこの辺りから出た話でしょう。 次は道教系の狐信仰・・・これは皆さんもご存知の狐です。 那須の殺生石の伝説にもあるように、金毛九尾の狐。 これは道教の考え方で、石木動物でも、修行をつめば霊力がこもり、 力が使えるというやつです。封神演義の「だっき」ですね。 あとは古代の動物信仰です。 大口の真神=おおかみ 真虫= マムシ(蛇くん) のように、古代人は人間より強い動物の持つ 天性の力や智恵を怖れ、敬っていたわけでより人里に近い所にいる 「狐」も当然 そのような存在だったわけです。 ちなみに管狐はテン・いたちにそっくりです。 両方ともポピュラーな動物ですよね(^ー^)。 人より動物の方が自然の中では上手に生きていくもんね。 で、稲荷ですが、これはダキニ天の食物を与える神としての一面と古代からあった 「保食神(うけもちのかみ)」の考え方が融合して、騎乗動物であった 「狐」が神に願いの筋を伝えてくれる存在として大きくなったものです。 稲作は中国から来たものなので、当然道教思想も混ざっていると思います。 伏見で稲荷の位(正一位とか正三位とか)をいただく。 という辺りはそこから来ているのでは〜。 狐をないがしろにすると、恐ろしい。というのも、 ダキニ天の鬼女としての性格から説明ができると思います。 動物霊が怖いというのは、自分の魂というか、人格というかうまく説明できないんだけど、 パーソナリティ部分を動物のレベルまで落として祈願するからだと思います。 動物が悪いというのではなくて、なんで仏教用語で畜生というかというと、「畜生」と いうのは良く言って二心がない、悪く言えば 余裕と推測がない存在なんです。 例えば犬は主人に忠実ですよね、主人が何かで怒っていて 犬をぶとうとしていても、犬はその予測ができない。 あるいはあと1時間後にもっとおいしい餌が用意されていても 待てないで、目先のまずい餌をむさぼってしまう。その辺りが問題なんです。 動物霊を使役するといっても、自分の別体がそのような形で動くので問題がでるわけです。 聞き分けがない、場合が往々にしてある。というわけで。 畜生の世界というのは、そういう意味で「暗く不安」な世界だと仏教ではいっています。 そういうレベルまで自分を落としてする祈願というのは・・・ これまた人の不幸であったりして・・・。 結局、狐・犬神・蛇とかいろいろいっても、使う人の問題なんだよね。 最後になりましたが、守護霊として思念するなら、 おなじ動物でもなるべく格の高いものの方がいいようです。 龍とかね。龍くんは神龍というように元々は自然の大きな力の 神格化ですから、その点蛇くんも雷の化身ですから。。。 龍や蛇の姿の中に 自然の大きな流れを感じることができるでしょ(^ー^)。 (他の動物が悪いわけじゃないよ、もともと動物くん自体はぜんぜん悪いわけ じゃないから)狐を守護とするなら その上に乗るダキニ天と彼女のボスのシヴァ神、 シヴァがより温厚になって密教に取り入れられた 大自在天と 彼ら天部のボスの大日如来まで、考えられるようにしていけば 良いのでは。 こんなこと書いてても自分の守護霊がぜんぜんわからん。 長々とおつきあい、ありがとうございました。 |
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