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実話怪談投書掲示板

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公衆トイレ 投稿者:AK - 2010/06/28(Mon) 16:57:01 No.88  引用する 
彼氏の友達の話。

今から2年前、
高校2年生だった彼らは
夏休みっていうこともあって
毎晩、朝になるまで遊んでた。

その日は3人で地元の公園にたまってたんだって。

彼女の話とか、バイクの話とか
たわいもない話をしてるうちに
ひとりが肝試しを提案した。

『自分たちがいる遊具から、
公衆トイレを覗いて戻ってくる』
いかにも思いつきなルール。

中学校のすぐそば、住宅地の真ん中にあって
昼間は子供たちが遊んでる。
造りだって、代表的な遊具が4・5点
桜の木と外灯なんて感じで
まだ錆びれきってない、至って"普通"の公園だった。
もちろん、心霊スポットでもなければ
妙な噂も聞いたことがない。

遊具から公衆トイレまでは3・4メートルほど。
ひとりは"くだらねぇ"とか言って遊具で待機することになった。
ふたりが"押すなよ(笑)"とか言いながらトイレに向かうと
15秒ほどで到着。
薄暗いけど電気も点いてて、夜って雰囲気だけが
恐怖だったと思う。
中に入って個室も全部確認。
期待通り。『何もなかった。』

"なにもねぇじゃん(笑)"と言いながら
遊具で待つ友達のところへ帰る。

ちょうどトイレと遊具の半分くらいにきたところで、
友達の異変に気づいた。
遊具の上で震えながらトイレを指を差す。
ふたりもつられて振り返る。


いた。


トイレの入口から地面に横になった形で
顔だけだしてこっちを見てる女が。


私の地元の話。
公園は知ってる限りで5こ位かなぁ。
怖くて夜は遊べません(泣)

体験談 投稿者:AK - 2010/06/28(Mon) 17:22:09 No.89  引用する 
私が人生21年間で唯一体験した
怖いっていうよりも不思議な話。

今から2年前かなぁ…。
私と彼氏と、彼氏の友達2人で
夜中ドライブに出かけてて
"心霊スポット行こー"なんてノリで行くことに。

私の地元は東北で、『幽霊ペンション』なんかが有名かな?
そん時行ったのは『○盛山』。
歴史の教科書でも見たことあるはずの人たちの
お墓があるとして、観光スポットにもなってる感じで…。
まぁ色んな噂は聞いてたんだよね。

さすがに夜中(2時過ぎ)ってこともあって
誰もいない。
やっぱり少し怖くて
彼氏にぴったりくっつきながら歩いてた。

幅広い階段上ったところに
外灯があってそこまでなんとか辿り着いて
みんなで"やばいねぇー"とか話してて、
もお1個階段上った所に例のお墓があるから
そこまで行くか話し合ってるときに、
なんか分んないけど
そこにあった銅像?石像?が気になって見に行ったの。

そしたら泣いてた。
目から水が垂れてんの。
真夏で昼間は天気よかったし、
雨の予報なんてもちろんなかったんだけど…。
5人くらいの像の両目から水?涙?
びっくりしたけど怖くはなかったかな。

"ねぇねぇ"って彼氏に言ったら
"こっちにおいで"って。
友達ふたりは怖がってたけど…。

んで、お墓まで行くか?ってなって
友達ひとりは"行く!!"って感じで、
私も"行く!!!!"って言ったら、
彼氏にひっぱられて"行くな"って。
"行っちゃいけない気がする"って。


彼氏、お寺の息子さんで
そういう力があるとかは聞いたことないんだけど。
みんなで大人しく帰りました。

話、下手でした。



白髪の守り神 投稿者: - 2010/06/19(Sat) 12:02:29 No.87   HomePage    引用する 
私が伺っているお店のマスター「ひで坊」さんの経験談です。
お店のHPがあることを知り、覗いて見てこの話を見つけました。
ご本人に許可を頂いて転載させて頂きます。
因みにひで坊さん曰く、「こちらの話も面白いヨ」とのことで、
「青葉芋虫ショート劇場 −− ホラーナンセンス −−」のURLを貼り付けさせて頂きます。
 http://tsunade.oboroduki.com/
投稿者のURLはひで坊さんのお店のHPです。
猫好きにはたまらないお店ですので、もし興味のある方はお店に
行って猫と遊びながら寿司をつまみ、ひで坊さんのお話を聞かれる
のも一興でしょう。では始まり始まり〜...

【 白髪の守り神 17・2・3 】

リニューアル記念に、封印していたひで坊の心霊体験を、思い切ってお話ししましょう。
気の弱い方は読まないほうがいいと思います。

いまの店を始めるまえ、ひで坊は葛飾区のとある鮨店で店長を任されておりました。
駅前の老舗で、地元商店街では結構いい顔の店構えでした。
ひで坊の親方の奥さんの実家です。

大旦那が倒れてから後、しばらく職人に任せていたものの、意思の疎通がかんばしくない
という事で、未だ半人前のひで坊が、柄でもない過分な店長というレッテルを貼られ、
実験動物のごとく放り込まれたという次第です。

それにしても、自分の子飼とはいえ未熟で半端な若い衆を信用し、店を一軒任せてくれた
親方の豪気には、感謝恐縮するばかりです。

その店は、ホールにパートのおばさんが三人と、シャリ炊きの親父さん、店長兼板前のひで坊、
という五人体制でした。

店長といっても、店頭販売の押し寿司作りから出前配達まで、なんでもやります。

朝8時半に市場へ仕入れに行き、帰ってきて仕込みもそこそこに、昼前までには店頭販売の
お土産寿司を、山程並べなければならない。

ランチタイムなどは格別に込むわけではないけれど、駅前だけに暖簾を出している間はお客が
途絶えるひまはありません。
帝釈天の庚申さまとか、花火大会などという日は地獄絵図です。いまでは握り方を忘れて
しまいましたが、そのころは一度に二貫ずつ握っていました。

閉店は午後10時。
それから付け場を洗ってレジを〆めると、開放されるのは11時半ということになります。
途中休憩のない店だったので、忙しい日は15時間ぶっ通しで動いていました。

それでも皆んなのフォローのお陰で、ほんとうに充実した2年間でした。

シャリ炊きの親父さんは板前ではなかったのですが、見よう見まねで太巻きや押し寿司くらい
は作れたので、ずいぶん助かりました。
パートのおばさんも三人もいたので食事の心配はいらないし、洗濯物も洗濯機に突っ込んで
おけば、夕方には自動的に物干しにぶら下がっているという按配です。

そんなわけで、二階が座敷なのをいいことに、近くにアパートを借りていたにも関わらず、
横着者のひで坊はそのアパートには帰らず、あろうことか日々店の二階で寝泊りを続けていた
のでありました。

20坪の無人の店は二階の座敷も広々として、風呂こそなかったものの快適空間そのものでした。

毎晩ひとり、畳の上をごろごろ転がりながら幸せを噛みしめていたものです。

ただときどき、夜中に人が歩き回る気配や衣擦れの音が聞こえたり、朝起きると枕元の飲みかけ
のはずの缶ビールが空になっていたり、階段を下る瞬間ふと人とすれ違ったような気がしたり、
おや?と感じることは何度もありました。

しかし布団に入ればすぐに寝付くし、目が覚めたら顔も洗わず市場に出掛けるので、寝ている間の
ことなど考えている暇はありません。

ある日、閉店時間も過ぎてパートのおばさんも帰り、一人残った酔客がトイレに立った時の事です。

トイレと、二階に上がる階段は隣り合わせ、ひで坊のいる付け場からは見えない配置になっていて、
そのトイレから出て来たお客が誰かに声を掛けている様子。

酔っ払いほど気紛れな人種はいません。

どうせ下水口から上がって来たドブネズミにでも、挨拶をしているのだろうと気にも留めずにいま
した。そのお客がお勘定の際にこう言います。
「久しぶりに見かけたが元気そうだな。俺に気が付かなかったようだから、あとでよろしく言って
おいてくれよ」

動物語を話す酔っ払いは世の中にはけっこういます。
ドブネズミでも気のいい奴なら、世間話のひとつも付き合ってくれるのかもしれません。

ともかくその最後のお客を見送った後、ひで坊は隣りの銭湯に閉店ぎりぎりで滑り込んだのを憶えて
います。

それから数日後、真っ昼間の営業中のことでした。

やはりトイレから帰ってきた年配のご婦人が、
「あたし、このお店、ほんとうに暫くぶりなんだけど―」と話しかけてくる。
「お宅のおばあちゃんでしょ?達者なのねえ・・・」

ひで坊は思わず聞き返しました。
「おばあちゃんが、いたんですか・・・?」
さらにご婦人は、
「階段をひょいひょい上がって行ったわよ。お店の二階に住んでるのね?」

うしろで、ふたりのパートのおばさんが、なぜか曇った顔を見合わせています。
あとのひとりは買い物に出ていて、そのおばさんが裏口から帰り、そのまま二階へ上がったのだろう
と思い、「だったら○○さんでしょ?これから二階でうちらの賄いを作るんですよ」と答えました。

するとご婦人は首を横に振り、
「そうじゃないわよ。○○さんなら知ってるもの。じゃあなくて、おばあちゃんよ、髪の毛が真っ白の―。
ここのうちのおばあちゃんなんでしょ?」

ご婦人は、自分がトイレから出たら、白髪の老婆が階段を上がって行くのが見えたのだけれど、つまり
それはここのうちの人なんでしょう?と訊いている訳です。

「そんなおばあちゃんなんて、いませんよ」と言おうとしましたが、どういうわけか喉でつかえて出て
きません。

「きっとお耳が遠いのね、声を掛けたのに、振り向きもしないで上がって行ったわ。
――にこにこと笑っていたようだけど・・・」

たぶん何秒間か、ひで坊の口は開きっぱなしになっていたと思います。

そこへ台所からシャリ炊きの親父さんがのっそりと現れ、悠揚迫らぬ口調でこう言いました。

「そうかあ、まだ出るんだなあ、ばあさんの野郎・・・」

そのとき両手が空いてなかったら、ひで坊の顎はまな板に落下していたに違いありません。

遅い昼飯を摂ったあとも胸騒ぎは鎮まらず、ひで坊は二階に駆け上がりました。
そして、気にしていながら開けることの無かった開き戸を、思い切って開いてみたのです。
そこには立派なご仏壇が納まっていて、白髪の老婆の遺影が飾られていました。
ほかでもなく、ここに泊まる度にほとんど毎晩、ひで坊の夢の中に現れていたおばあさんでした。

うろ覚えなのですが、シャリ炊きの親父さんによると、そのおばあさんは大旦那の奥さんだか奥さんの
母上だとかで、むかし店から火事が出た時に亡くなったのだそうです。

店が気懸かりなのか、今でもときどき様子を見に来るらしく、目撃者もひとりやふたりではないとの
こと、まあ守り神みたいなもんだわなあ、と親父さんはしみじみ語ってくれました。

「それを早く言っといてよ、もう・・・!」

ひで坊の心の叫びを知ってか知らずか、
「性格はきつかったが、面倒見も良かったからなあ、まあこの店がなんとかやってるのも、ばあさんが
見守ってくれてるからだべなあ・・・」
そう言って、親父さんは長靴をぶかぶか鳴らしながら、カンピョウの鍋を掻き回すのでした。

―さすがに横着者のひで坊も、その後は店での寝泊りはやめ、毎晩アパートに帰るようになったのはいう
までもありません。

ひで坊26、7歳のころの話ですが、独立後パートナーの皆んなとは疎遠になり、世間知らずの若造を
あれだけ守り立ててもらったにもかかわらず、なにひとつ恩返しもできないまま、今日に至っています。

怖いところはまったくない... 投稿者:オクトパス子 - 2010/05/22(Sat) 22:20:15 No.80  引用する 
気のせいかも知れないけど仕事場が場所としていい感じがなかったので、自分の住んでいるところの氏神様の厄除けお守りを置きっぱなしにしていた。
結構早くからふくれてて、置いてるだけだから中の紙(予想)が二つ折りかなんかになってて、それが開いてきたんだろうな…と思った。
途中とりかえてもそんな感じだった。
退職に合わせて、お守りを神社に納めて新しい物と交換して家に置いてた。
なかなかふくれない…湿度とか前と素材が違うかもとは思ってるけど、オカルト視点で見ると、ありがたかったり、怖かったりする。

球磨川「くまがわ」 投稿者:ハゲッダン - 2010/03/07(Sun) 15:47:52 No.74  引用する 
いたこさん、これも怪談と呼べますか?
現在私は大阪在住ですが、この話は今から32年前ちょうど私が小学校4年生の頃、出身地である熊本県○代市でのある夏の日の出来事です。
その日は1学期終業式の日で明日から夏休みという事もあり、はしゃいでた私は楽しみにしていたプールに早く行きたくて仕方ありませんでした。当時は今みたいにゲームなども無く、夏休みの楽しみと言えば 朝はラジオ体操前のクワガタ採り、昼は学校のプールでの水遊び、夕方はヒグラシやアブラゼミなどの蝉採りなどでした。また田舎には年長組みのガキ大将が居て、その兄ちゃん達と遊ぶのは特に楽しくて仕方ありませんでした。その日もホームルーム終わったらプールに集合と大将から事前に連絡があり、チャイムのベルもそこそこにすっ飛んでいきました。するとさすがガキ大将、1番乗りで待ってました。しかしまだ十分にプールに水が溜まっておらず、監視員のおじさんの話だとあと2時間くらいは無理だとの事。みんなプールに集まってきては、諦めて帰って行く。仕方なく私たちも諦めて帰り始めた。帰り道ずっと不機嫌そうにしてた大将が突然、「そうだ、球磨川行こう!」と言い出した。大将の言うことは絶対。見回りのおばちゃん達に見つからなければいいけど・・・。この球磨川というのは一見して緩やかな流れに見えるのだが、川底は流れが速く万一子供がいたずらで入ったりしたら危ない。と言うことで何時間かおきにおばちゃんたちが見回りにくるのだ。大将にとってはそのスリルが子供ながらの度胸だめしなのだろう。私も泳ぎには自身があったので、流れがあるほうがプールで遊ぶより何倍も興味をそそられたので、だまって大将に着いて行く事にした。大将も途中下の子らを飽きさせないように、線路に耳をあてて度胸試ししたり、急な斜面を止まらず駆け下りたりして楽しませた。そうこうしてるうちに球磨川に着き、ちょっと流れが緩やかな入り江みたいな場所で飛び込んだり、潜ったりして遊んだ。途中監視員のおばちゃん2人組みが来て危うく見つかりそうになったが、枯れ藪に隠れてやりすごした。ひとしきり遊び終えた大将と下の子らが、「そろそろ帰るからあがれよ〜。」と声をかけて来たのであがろうとしたその時だった!!「あれ、浮かない」「やばい、下に潜ってく」「ごぼごぼ、助けて!」めいっぱい陸に向かって手を振る。大将とあがった子らがニヤニヤしながら歌ってる。♪ギンギンギラギラ夕日が沈む、ギンギンギラギラ陽が沈む♪「助けて、右足だれかひっぱっとる」「あかん、もう死ぬ。ごぼごぼ」「あれ、大将おかしかばい!溺れとっとじゃなかか?」「おい、あそこの竹竿ば、はよ持ってこい!」「おい、はよ掴め!」私は夢中で手にあたったものをつかみました。「ひっぱれ、早よ、ひっぱれ」陸に引き上げられた私はめいっぱい水を飲みながらも何とか助かりました。3,40分後、水を吐き何とか歩けるようになった私を見て大将が帰ろうといいました。そのとき「ウ〜、ウ〜♪ピーポー♪ピーポー」!!パトカーと救急車です。「こら〜、お前たちゃなんばしよっとか!」「はよ、帰れー!」すみませんと言い、逃げるようにその場を後にする大将。慌てて何やら作業をしだす警官。怒られるだけで済んだから、ホッとしてその場をあとにする。次の日、「大将〜。あそぼ〜。」ダダダ!慌てて出てくる大将。「どげんしたと?」「ぬしゃ、朝の新聞ば見たか?
」「いや、見とらん。」「何ね」???昨日遊んでた10mくらい下流で、男の人のドザエモンがあがったと云う事でした。しかも死亡時刻は、だいたい私が溺れかけてた時間と同じころ・・・。ひょっとしてあの右足にからみついたのは・・・。まだ生きてたときだったのでしょうか?そして、球磨川に架かる赤い鉄橋のうえから無邪気に遊ぶ私達をジッとうらめしそうに見てたのでしょうか・・・。あれは今でもあまり思い出したくない、夏の日の出来事です。                     おわり

三輪山大神神社 投稿者:弥七 - 2010/02/22(Mon) 22:05:42 No.71  引用する 
今、やりすぎコージーで三輪山大神神社やってるので
大神神社の参道であったことを1つ。

車を停めて参道を登っていった。
低い山なのになかなか神社に着かない。
前から押し戻すような気(オーラ)がビシビシと来る。
参道も霧がかかり先が見えない。
1時間くらい歩いただろうか、やっと着いた。もうヘトヘト・・・。

お参りを済まし参道を降りて行った。
登るときは1時間近くかかったのに
降りるのは5分位だった。
あれだけ濃かった霧も全く無い。
山頂までの数百mがくっきり見える。

数日前に行った神社と相性が悪くて拒否されてたのかな?
(前に行った神社が都市伝説カシマさんで有名な
 兵庫県高砂市の鹿島神宮)

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投稿者 No. 暗証キー

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