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実話怪談投書掲示板

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ハワイアン 投稿者:あずまたから - 2008/06/11(Wed) 20:26:47 No.49  引用する 
 いよいよ安曇先生風にチャレンジしますが、話が嘘っぽくても苦情は受け付けません。それは私の所為ではありません。ネタを話してくれた兄の所為でもありません。それでは誰の所為でしょう!世間です!そうです!時が悪かったのです!星座が悪かったのです!誰の責任でもありません!だんだん、危ない人間の発言に近くなってきたので、言い訳は止めます。
 それでは始めます。上手く語る事が出来ますかどうか・・・。
 わずかにあった平地でテントを張り三日目の夜。吹雪は止まず、相変わらず突風が吹きすさんでいます。
 無理な登山計画ではありませんでした。天気図では晴天が続くはずでしたし、携帯ラジオでも、これほど荒れるとは予報していませんでした。
 三月中旬の春山にしては珍しく、冬期用のテントなのに、ありったけのセーターを着込んで寝袋に包まっても震えがきます。息でテントの内側に霜が下りるくらいの寒さ、まだ予備の食料が残っているものの無理は禁物、天候が戻り次第、登頂を諦めて下山しなければなりません。寒さで確実に体力が奪われているからです。
 でもしかし、その人は少しも怖くなかったといいます。なぜなら単独と違い相棒がいれば心強く退屈はしません。怖いどころか夜は暇潰しに怪談を楽しんだというから山男は精神が強靭です。
 「それでよ、そいつらは雪を被せて人を消してしまうんだ。」
 決まりきった雪の怪談です。
 ですが、その話は一つだけ変ったところがありました。
 「どうして裸なんだ?」
 「もう人じゃないのさ。人の体は気温と体温が近いと暑さを感じるんだそうだ。だから体温を奪われた奴は、ぐっしょりと汗をかく。寒さで体の機能が狂ったからなんだが、例えば気温が三十度だと人は暑く感じる。なぜか?自分の体温に近いからさ。」
 「つまり死んでも彷徨っている連中は、体温が外と同じな訳だ。」
 「雪景色でも常夏と同じさ、そんな奴らが生きている人間はどう見えると思う?」
 「さあ?」
 「歩く松明だよ、山男ならどうする?そんなの見つけたら?」
 「そりゃ消すよ。山火事になっちまう。」
 「だから連中も雪をかけて人を消すって訳だ。」
 そう言って笑った時でした、遠くで歌が聞こえてきたそうです。こんな天候で夜に外へ出るなど自殺行為。ホワイトアウトで方向感覚を失って遭難してしまう。
 「まさか?」
 聞き違いだと思ったそうです。
 ですが歌声は近づいてきます。

 初めて山男達は恐怖に震えました。
 その連中はアロハ・オエを歌っていたからです。
 常夏の国、ハワイの歌。
 それも大勢での合唱。
 男達の歌声が山に木霊します。
 気を紛らわせるための歌だろうか?それにしても悲壮感は何も感じません。まるでキャンピングでもしているような呑気さです。笑い声さえ聞こえます。寒さと疲労で幻聴や幻影に悩まされて正常な判断力を無くすというのもよく聞く話です。
 もしや、本当に遭難者?
 足音は近づいてきます。
 大勢で雪を踏みしめる音が聞こえる。
 他に聞こえるのは女の泣き声のような風の音。
 足音は近づいてきます。
 キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!
 奇妙です。この吹雪では自分の手さえ見えないはずなのに、ちゃんとコースを外れずに歩いてくる。
 場違いなハワイアンの合唱が大きくなってきます。
 声をかけてみようか?
 その人は様子を見ようとテントから顔を出そうしましたが、相棒に止められました。
 「やめとけ、テントの中なら気づかない。」
 怯えた目で相棒は、必死で止めます。
 「何を言ってんだ!お前!」
 理屈に合わない話です。
 テントには雪が半分ほど積もっていましたが、赤いのでコースを見間違わず進めるなら気づかないはずがありません。ならば外の連中は、何を見て此処まで来たと言うんでしょう。そもそも見えていたのか? 
 とうとう足音はテントの近くまで来ました。
 思わず息を潜めてしまいます。
 遭難者なら声をかけなきゃ!声をかけろ!声を!
 でも体が震えて、頭でわかっていても金縛りにあったように動けません。
 足音は通り過ぎていきます。
 早く!声を!声を!声を!
 キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!
 真っ暗な闇で足音と歌声だけが聞こえます。
 キュッ!キュッ!キュッ!・・・・・。
 とうとう、歌声も足音も聞こえなくなってしまいました。
 その夜、眠れず寝袋の中で夜を明かしたそうです。
 なぜ声をかけなかった・・・。
 その人達は良心の呵責に苦しみました。みすみす遭難者を見殺しにしたかもしれないのです。
 
 翌朝、晴天になったのでテントに出れば、奇妙な足跡で、みんな裸足。
 でも、でも・・・。幽霊なら足跡なんか残さないよな。
 相棒と顔を見合わせます。
 相棒の顔は真っ青です。
 「しまった!やっぱり遭難者だ!」
 自分で自分を殴りつけてやりたい気分だったそうです。
 怪談なんかに怯えて、大勢の助けられるかもしれない人を目の前にして震えていたんだ。畜生!
 山男のプライドもズタズタです。
 急いで下山して、近くの山小屋に飛び込んで、昨夜の事を話しましたが、不思議な事に、すぐに遭難者などいない事が判明しました。
 それもそのはず、その日、山にいたのは二人だけ、他の登山者は無事にキャンプ場や山小屋に到達して、吹雪をやり過ごしていたというのです。
 では、あの歌声はなんだったのでしょう。今も雪山で、あの奇妙な合唱が聞こえるかもしれません。
 兄も話では、その体験者は登山から足を洗ってしまったそうです。怪異に遭遇したからではありません。相手が幽霊であろうが、やはり声をかけなかった自分が許せなかったといいます。

 怖かったですか?本当かどうかなんて野暮は言いっこなし、とにかく、これが兄から聞いた全てです。え?噴飯もの?やっぱり安曇潤平先生のパクリ?いいえ!オマージュです!誰がなんと言ってもオマージュです!これ以上は何も出ません!来年、忘れた頃に投稿するかもしれません。しないかもしれない。それまで全国の女子高生!女子大生!そして元女子高生の皆さん!ごきげんよう!

生暖かい風(もしくは宣伝... 投稿者:あずまたから - 2008/06/11(Wed) 18:34:37 No.48  引用する 
 今晩は、あずまたからです。
 予告どおり六月ですね。全国の女子大生!女子高校生!そして元女子高生のみなさーん!お元気ですかぁー!京本正樹に瓜二つのあずまたからです!ムシムシして息苦しい夏は目の前ですね。おまけに蚊の襲来。そして蝿。ああ!イライラする!おまけに朝飯に買い置きしていた食パンには、もう青黴がああぁああ!さて、せっかく発表しようと思っていた事故の体験をうっかりイタコに話したおかげで、ラジオでばらされてしまい。憤懣やるかたない気分です!ですが奴は致命的な私の秘密を握っているので下手に文句も言えない!へへへ!イタコ先生!まさか本気で私を売るような真似はしないでしょう?へへへ!
 冗談はさておき、かわりに私が7,8月の季節に怪談を投稿しないのか!その謎にお答えしたいと思います。
 答えは簡単、暑くて頭がボンヤリしてしまうからです!
 あずまたからは夏に弱い!
 ではなぜクーラーを使わないのか?貧乏だからです!貧乏で!貧乏で!クーラー代さえ節約しなければならない!原油高のおかげで電気代はアップ!アップ!アップ!ですから今年の夏も扇風機で乗り切るつもりです。
 さて、これからお話するのは去年の辛い思い出です。
 子供の頃、酒に酔った男が扇風機をつけたまま寝たところ、朝方には冷たい遺体になっていたなんて話を聞いた事はありませんか?去年の夏は殺人的な猛暑が続きましたね。
 そんな時は扇風機・・・。
 でも熱風しか吹きつけません。これでは一晩中、ドライヤーで体を乾かしているようなもので、水分が抜けて粘ついた血液が血管を塞ぎ、心臓麻痺を起こしてしまうのですね。
 実は私の扇風機はタイマーが壊れているので、一度スイッチを押すと眼を覚ますまで止められません。もし、時間通り起きられなかったら・・・。私は翌朝、腐乱死体・・・。
 恐ろしい身も凍る。心がない機械の恐怖。
 扇風機は禁物です!嫌な予感がする。今夜は頼りたくない。
 ではどうすればいいのでしょう?窓を開けたくらいでは焼け石に水。パンツ一枚でも汗が滲む。まるで全身にオイルを塗りたくったように無駄にセクシーになってしまうのですね。
 もうブリーフなんか透け透け!失礼!下品でした。
 水風呂に入っても、すぐに熱気が体を包み、肉饅頭になった気分です。頼みは水道水で水分補給。しかし尿意を感じて、かれこれ6回もトイレを往復して眠れません。
 出しては飲み!飲んでは出す!部屋の中で悶え苦しむ責め苦です。気晴らしにテレビをつければ、おお!なんと!深夜放送の稲川淳二の怪談です!ああ!馬鹿!私の馬鹿!気がつけば、こんなに蚊取り線香が灰になっている。どれほど睡眠時間を減らしたか判らない。布団はやめて畳にじかに寝てみようか?駄目だ!畳の痕が全身について痛い!それに思ったより涼しくない!畜生!拷問だ!
 段々と気が萎えて、捨て鉢な気になります。時間は残酷に過ぎて三時・・・。
 もういい、扇風機をつけよう。
 生ぬるい風が吹く・・・。それでも汗が渇いていい気分です。
 お前は命を奪わないよな?
 そんな冷酷な奴じゃないよね?
 ああ、眠気が・・・。
 でも、ゆっくり扇風機は首を横に振ります。

 どうです!怖いでしょう!え?つまんない?インチキ?
 そんな事を言ったって予定していた話をイタコが・・・。
 私だって年がら年中、襲われている訳じゃないんです!
 え?嘘と言い訳の人生?くそー!
 お詫びに兄から聞いた山の話を一席。
 安曇潤平先生風の怪談にチャレンジしたいと思います。
 もう、これで正真正銘、鼻血も出ません。今年は逆さにしたって私から怪談は出てきません!パクリ野郎と思えば思え!悪いのは兄貴です!私じゃない!はあ!はあ!はあ!はあ!

母の体験えとせとら…その... 投稿者:バン子◆k4n.nXRJ.A - 2008/05/12(Mon) 19:03:34 No.44  引用する 
前回「お姉ちゃん??」でお世話になりましたバン子です。

今回はちょっと長いので、分けて投稿させて頂きます。
母の出身は青森県下北郡です。
母自体が霊媒体質だったようで、実家に居る頃から色々と体験をしていたようです。

ある日の朝のこと…山へ山菜を採りに行くのが仕事だったようです。
朝から母は機嫌が悪く、祖母と山へ行く行かないの喧嘩になったとか。
結局祖母は母を残して母の妹と山へ出掛けて行きました。
母の怒りが収まったころ…突然地震が起こったそうです。
かなりの揺れで、立つことも出来ずに部屋の真中で地震が収まるのを待っていました。
それから数分後…真っ青になって祖母と母の妹が帰って来ました。
母の無事を確認した祖母は母にこう言ったそうです。
「お前行かなくて良かったよ…近くの沼が決壊しちゃって水浸しだよ…こっちまで水が来なくて良かった」と。

これをきっかけに母は不思議な体験を重ねていくことになります。

地震の件から数年経った頃でしょうか…近所に住む親戚の叔母さんが寝込んだとの話を耳にしたそうです。
町へ仕事に行っていた母が叔母さんの家の前を通った時でした。
家の前の畑で仕事をしている叔母さんを見たそうです。
家に帰った母はその話を家族にしたところ、祖母を始め皆が首をひねっていたとか。
それから数日後…その叔母さんは息を引き取ったそうです。
その時に母は祖母から「本当にお前が見たのはその人だったか?話によればずっと寝込んでいたって言ってたよ」
暫く母と祖母は叔母さんの話をしていたそうです。

もしかしたら、可愛がっていた親戚に会いたかったのかも知れないと言う話で纏まったそうです。

<続く>

母の体験えとせとら…その... 投稿者:バン子◆k4n.nXRJ.A - 2008/05/12(Mon) 19:25:23 No.45  引用する 
祖父が出稼ぎに関東に出てきた時に、母も一緒にこちらに出てきました。
夢枕は何度となく経験したそうです。
亡くなる数日前に何かがある。
これが母と自分の共通した部分です。

夢枕で何人の親戚やお世話になった方と会ったかわからない位だそうです。
時々あるのが、朝方に母の名前を呼んで「お腹すいた。何か食べさせて」と夢なのか普通に言われているのかわからない所から聞えてくるとか。
目が覚めてご飯を仏壇に供えたり、お菓子や果物などを供えるとピタっとその声は聞えなくなるそうです。
また暫く忘れていると同じことが起こるのですが^^;

そんなこんなでだいぶ時間は流れ…50歳を過ぎた母に異変が起こります。
当時母と自分は一緒に居酒屋をやっていました。
母は着物を着ており草履を履いていたのですが、11月のある晩のこと。
帰り支度も済んで店を出ようとした時…草履の鼻緒が切れてしまいました。
二人で一瞬固まり「何も起きなきゃいいけどね…」と話していました。
その2日後から約1週間。
母は熱を出して寝込みました。
その間は店は開ける事が出来なかったのですが、熱もようやく引き店を開けました。
草履の鼻緒が切れてしまった為、着物はやめ洋服にしました。

後にわかったことですが、丁度その頃祖母は肺がんに掛かっており11月30日に亡くなったそうです。
そこから怒涛の葬式ラッシュが始まることになろうとは…

母の体験えとせとら…その... 投稿者:バン子◆k4n.nXRJ.A - 2008/05/12(Mon) 19:53:38 No.46  引用する 
祖母か亡くなって2年が過ぎようとした頃…
母がくも膜下出血で倒れました。
搬送先の病院で緊急手術をし、一命は取り留めたものの今日か明日が山だと言われる状況に。
それから1週間昏睡状態だった母が目を覚ましましたが、高次脳機能障害になってしまい、左半身が少しずつ麻痺していきました。
左眼の視神経の直ぐ近くにあった動脈瘤が破裂した為に左眼は失明。
体力は回復したものの、自分が何をやっているのかわからず昨日の事さえも覚えていない…
気に入らないことがあると先生や看護士さんに当たるなど傍若無人な態度を取り、病院へ行く度にこちらが謝る始末でした。
倒れてから2ヶ月になろうとしていたゴールデンウィークのある日のこと。
知り合いに出掛けようと誘われていたので明後日は来られないから…と言いに行ったのですが、母がしきりに「お父さん(自分から見た祖父)の夢を見た。お父さんと遊んでいたら車に乗って行っちゃったの…追いかけたんだけど、ダメだった。黒い車に乗って行っちゃった」と。
その日は「はいはい」で済ませ家に帰りましたが、出掛ける直前に叔母から電話がありました。
祖父が2日前に亡くなったとのことでした。
話を良く聞くと、母が見た夢に符合する部分が多かったのです。
母が夢を見た日に祖父は母の弟が運転する車で病院へ行く予定だったそうです。
病院へ行こうとした時に「具合が悪い」と家に戻って横になっていたそうです。
1時間ほど休んで病院へ行ったとのこと。
その時の車が黒い車だったそうです。

後に叔父から詳しく状況を聞きました。
母の弟が運転席・祖父が助手席・母の兄が後部座席に座って向かい後200mくらいで病院へ到着するという時に、後ろにいた叔父が祖父を見たそうです。
寝ているように見えた為、起こそうとしたら起きない…
その時に亡くなっていた。
それに気が付いた二人は大慌てで病院へ行ったそうです。
本来は一方通行の道路ですが、交番へ駆け込み事情を説明しパトカーに先導してもらって到着。
祖父が亡くなったことを確認した叔父は兄弟に電話をしようと廊下に出ると母を除いた兄弟が全員揃っていたそうです。
理由は全員まちまちだったそうですが、祖父が息を引き取ったことを説明し直ぐに葬儀に向けて動いたそうです。

夢を見た母は…驚異的なスピードで体力が回復。
左半身麻痺になるはずが、嫌だからの理由でリハビリをして麻痺を克服。
その後1ヶ月で退院するという記録を作りました。

まだまだ続きます…

母の体験えとせとら…その... 投稿者:バン子◆k4n.nXRJ.A - 2008/05/12(Mon) 20:01:49 No.47  引用する 
母は懲りない性格のようで…今度は直腸ガンになりました。
人工肛門になってからもガンは転移をし、検査入院を含めて4回の入退院を年に1度のペースで繰り返します。

入院する度に毎回誰かの人影が母の近くを通り過ぎます。
それも見えないはずの左側にいることが多いと母は語りました。
もうおわかりかと思いますが、4人の方が亡くなっています。

知り合い1人・親戚3人…母を可愛がってくれたり、慕ってくれた方たちばかりでした。
母の命は祖母を始め、皆が救ってくれたのかも知れません。
50代の母にまだ生きて欲しかったのかも知れません。
来年母は還暦を迎えます。
そろそろ母が逝く番かも知れないし、はたまた他の誰かが代わりに亡くなるかも知れません。

母は幸せ者だと他の兄弟に言われています。

A地点からB地点へ 投稿者:zaki - 2008/04/03(Thu) 23:19:51 No.43  引用する 
昨年に引き続いての投稿です。
いまだに、どう考えても納得の行かない話があります。

昔から池で知られた場所が埋め立てられ、宅地造成後に分譲されました。
元は水があった場所は、湿気てるから買わない方がいいよ、と言う人もいましたが、今では小綺麗な戸建ての建ち並ぶ新しい街になっています。
その町の向こうにレンタルビデオ屋やマクドナルドがあるので、できた当初から私は、街を縦断しておりました。
住宅街だからか、わざと車が通り抜けできないようにしてあって、歩行者だけが通れる入り口と出口があります。
入り口をA地点、出口をB地点とすると、A地点からB地点までは三通りの平行する道がありました。
私と末っ子は、いつも真ん中ではなく両端のどちらかの道を使って往復していました。
というのも一度、二人連れ立って真ん中の道を通り抜けた時に迷ってしまって、ずっと奥の袋小路に入り込んでしまったからです。
だから、真ん中の道は家並みに阻まれて、B地点にはつながっていないのだろうと二人とも思っていました。

ある時、他の家族も一緒にA地点からB地点に向かおうとしたら、どうして真ん中の道を通らないのだと笑われました。
真ん中は通じてないんだよ、と末っ子と私は言い張ったのですが、みんな笑うばかりで信じてくれません。
じゃあ実験してみよう、という事になり、全員でばらばらに通りました。
その結果。
家族の言う通り、真ん中もB地点に通じていて、そこが一番の近道だったのです。

以来ばからしくなって真ん中の道を使っております。
あの時どうして、B地点にたどりつけなかったのか、私も末っ子もいまだに理解できないのでいます。

単に二人そろってぼーっとしていただけなのかも知れませんが……。

記憶にございません。 投稿者:test - 2008/03/31(Mon) 03:04:56 No.42  引用する 
私自身は全く記憶にないのだが、母がこんな昔話をしてくれた。

ある日母が台所で昼ご飯の支度をしていたときのこと、当時5歳だった私が駆け寄ってきて妙なことを言い出したという。
「お母さん、布団入れに知らない女の子がいる」
聞けば押入れに重ねて収納していた布団の間から、女の子が顔だけ出して私のことを見ていたとのことだった。
母は子供の戯れ言と軽く受け流していたそうなのだが、私があんまりにもしつこく報告してくるので、
「そんなに言うならその子をここに連れて来なさい!」
と、怒鳴って台所から私を追い出したらしい。
 私が俯いて奥へと退散したので母も諦めたかと料理を再開したのだが、暫くするとまた戻ってきてこう言った。
「お母さん、引っ張って出そうと思ったけど、その子、奥に引っ込んじゃった」
 母はいい加減にしなさいと怒鳴ろうとして私に振り向き絶句した。
 私が差し出した両手に、何十本もの長い髪の毛が掴まれていたのだという。

「結局押し入れには誰も居なかったんだけどね。あれには肝を潰したよ」
 そう言ってため息を付く母には悪いが、私は何も覚えていないのである。

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