こっちの世界ゾ〜ン4週目・第十五夜「ぞうさんの気持ち」

命知らず(しつちょー)さん

投稿日 :98年11月4日<水>


*お断り

これから書く物語は下ネタではありません。

三本足で、ぱお〜んぱお〜んのぶらんぶらんを期待している人は、

読まないことをお勧めいたします。


みなさん、今までに心の底から驚いたことはありますか?

私はありません。

不思議なもので、驚きの深さがあるボーダーを超えると、

冷めた、客観的な視点で事象を捉えてしまうのです。

驚くと同時に、おたつく自分を笑ってしまうのです。

驚きと笑いと恐怖。

これらは三位一体。

どうやら切っても切れない間柄のようです。

私がそれを認識したのは、数年前の秋でした。

当時、私は部活動に燃えていました。

朝は講義をサボって練習し、昼は講義に出ずに休養をとる。

夕方、招集に応じて練習し、夜は飲んで体を休める。

そんな毎日の繰り返しでした。

その日も、私は少し遅目の昼食を学食で摂ると、休養のための寝床を探し始めました。

見つけたのは、学食の扉を出た、すぐそこの場所、ロビーのソファでした。

私はその上に横になりました。

靴を脱がずに両足を床に置き、体を横にねじった不格好な姿でした。

しかし疲れていた私は、そのまま夢の世界へと旅立ちました。

 
数十分経過。
 

私は目を覚ましました。寝ぼけた頭で腕時計を見る。

人間には体内時計というものがあります。

いつもなら、ちょうどよい時間に目が覚めるのですが、

その日はどうやら狂っていたようでした。

早すぎる。まだまだ寝ていられる時間です。

私はもう一眠りしようと、目を閉じました。

しかし・・・

もぞもぞっ。

何だか右足がかゆい・・・

ズボンの上からぼりぼりとかきむしり、寝ようとするのですが、どうにもうまく行きません。

多分目が覚めたのも、このかゆみが原因だったのでしょう。

季節外れの蚊だろうか?

意地になって寝ようとしていたのですが・・・

だんだんと、かゆいを通り越して痛くなってくる。

私はズボンの裾から手を突っ込むと、直に足をかき始めました。

すると・・・

今度は手にむずむずが伝染しました。

いったいなんなんだ!?

私は目を開けると、軽い気持ちで右手を眺めました。そこには・・・・・

蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻!

右手の上を、たくさんの蟻が這いずり回っているのです!

まままま、まさかっ!

私は跳ね起きると、ズボンの裾をめくりました!

そう!そこにいたのは、やはり蟻!

二桁三桁なんて生易しい数ではありません。

脛が真っ黒に見えるほどのおびただしい大軍が、私の膝から先で蠢いていたのです!

私は悲鳴を上げました。

「どわわわわわっ!?」

我ながらすごい大声。

なのに何故か声は笑っていました。顔も笑っていました。

正真正銘、それまでの人生でも最大級の驚きだったのですが、

何故か同時におかしくてたまらなかったのです。

ロビーにいる全ての人が、私に注目しました。が、笑顔を見てまたそっぽを向きました。

恥ずかしい、まことに恥ずかしい。しかし、それ所ではありませんでした。

私は便所に駆け込みました。

急いでズボンを脱ぎ、蟻どもを水で流しました。

すばらしきかな、ウォーターパワー。

蟻達はもがきながら下水道に吸い込まれていきました。

ほっと一息つく私。

しかし、同時に新たな恐怖が襲ってきました。

蟻にたかられるなんて、ひょっとして・・・糖尿病?

そ、そんなばかなあああああ〜〜〜〜〜

健康に自信がある私は、慌てて「そうでない証拠」を探しにロビーに舞い戻りました。

再び奇異の目で見る一般大衆。

恥ずかしい、まことに恥ずかしい! しかしそれどころではなあ〜いっ!

私は必死に証拠を探しました。そして・・・

あった、あったのです!

ソファの足元にある、半分つぶれたケーキの固まり!

私の右足がこれを踏んづけていたために、蟻達の襲撃を受けたのです!

よよよ、よかったああ。

わ、わたしは潔白だったぁ。

父さん母さん、健康な体に生んでくれてありがとう!

 
しかし・・・本当にすさまじい驚きでした。

蟻の襲撃も、そんな時にもなぜか笑ってしまう自分自身にも。

あの一瞬、軍隊蟻に貪り食われるぞうさんの気持ちが、

ほんの少しだけ理解できたような気がしました。


そして考え直してみると・・・本当に危ない所だったのです。

気が付くのがもっと遅れていたら・・・

私のぞうさんも、かじられていたのかもしれません。 





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