こっちの世界ゾ〜ン第三十七夜「アパートの影 前・中・後編」

命知らずさん


「アパートの影・前篇」


あっちの世界なのか、こっちの世界なのか、いまいちワカラナイ話しです。

しかし、全て実話。

あえて省いている箇所はありますが、ほんとうのことです。

でも、長いです。

多分前、中、後編になるのでは。

ということで、時間と文字数がもったいないので本編にまいりましょう。


大学生活二年目の春。私はかねてから念願のアパート暮らしを始めることになりました。

あちこちの不動産を渡り歩いて決めた物件は、

和室六畳・八畳。キッチン四畳。バス・トイレつき。

築二十年。

家賃三万二千。

でした。
 

都会の方は、「安すぎる・いかにもやばい」的な物件に感じるでしょうが、

地方では「結構安い」で納得できるものでした。

大学からかなりはなれた場所にありましたし。

不動産と契約を交わし、入居日も決まりました。

私は嬉々として入居準備を進めていました。

ところが入居日の三日前、不動産から電話がありました。

内容は、私が入居する部屋を急遽変えてもらいたいとのこと。

契約では、私の部屋は206号室でしたが、その隣りの205号室にしてもらいたい、とのことでした。

このアパートは二階建て。全部で六部屋あります。

205号室は一番左端で、階段のすぐ横の部屋でした(4のつく部屋はありませんでした)。

左右対称になるだけで間取りは変わらない。

そう聞いて、私は深く考えず、理由も聞かずに了承しました。

さて、入居日。

私は三人の友人とトラックで荷物を運んでいました。

友人達には、その突然の部屋変更を「おかしいよな」ということで話していました。

鍵を開けて部屋にはいった私達が見たものは・・・

壁に刺さった、ぶッとい五寸釘。そして壁にある、黒いしみでした。

「これって、人の形に見えないか」

そう言われてみれば、黒いしみは人の形に見えます(言われなければまったく見えないが)。

釘はその頭の部分に、ぶっすりと刺されているのです。

そして、つい数日前には誰もいなかった206号室にはすでに誰かが生活していました。

しょう油を借りにいくと、チェーンをつけたドアからのぞいたのは妙齢の女性でしたのですが・・・

その女性は二ヶ月ほどで、いつ出て行ったのかもわからないうちにいなくなってしまったのです。

人の不幸は蜜の味、という言葉があります。

私の友人達はまさしくこの言葉の実践者で、しかも不幸がないなら作ってしまえ、

という思考回路の持ち主でもありました。

しばらくすると、私の周りには色々と怪しいうわさが立つようになりました。

「命知らずの家にいくと、エンジンのかかりが悪くなる」

「風呂釜はぼろいのに風呂の壁がやけにきれいなのは、あそこで自殺があったからだ」

「階段の手すりにアミがはってあるのは、昔赤ん坊が落ちて亡くなったからだ」

などなど。

よくまあここまで、といった聞いたことのない話しが次から次へと出てくる始末。

その全てが彼らの作り話だと確信していた私は、気にしていませんでした。

しかし・・・

それにも関わらず、私はそのうわさに自ら拍車をかけることになってしまったのです。

以下、中編に続く。


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「アパートの影・中編」


その日、私は寝苦しい夜を過ごしていました。

部活を終えて疲れているのですが、なかなか寝つけず、布団のなかで寝返りをうっていたのです。

それでもしばらくして、ようやくうとうとしてきたのですが・・・

私は、誰かが階段を上る足音で眼が覚めました。

このアパートは非常にぼろく、音がよくとおります。

私の部屋は階段の隣りに位置し、階段は古い鉄製のもので、しかもよく揺れる。

体重のあるM君がアパートに来ると、冗談ごとではなく私の部屋はたて揺れしていました。

しかしそのおかげで、私は靴音と部屋の揺れ具合で、

誰が階段を上っているのか判別できるほどになっていました。

足音は女性のものでした。

ハイヒールを履いているのでしょう。

かかとと階段のぶつかり合うカンカンという甲高い音がやけに耳につきます。

寝ていたのを邪魔されて多少イラつきながら、その女性が階段を上り切るのを待ちました。

他の部屋、206号室か、207号室に用事があるのだろう。そう思ったのです。

私の部屋に来るといった考えはまったくありませんでした。

本能うんぬんより、ハイヒールを履くような知り合いが私にいなかったから、でしょう。

カンカンカン・・・

ところが、その人はいつまでたっても上り終えません。

階段は短くて、十数秒で上り切る長さです。いや、それ以前に段数が少ない。

しかし、足音は一定の調子のまま鳴り響きつづけているのです。

その「誰か」は、立ち止まるでもなく、ただひたすらに上りつづけている。

カンカンカンカン・・・

気になることはもう一つありました。

足音が響き始めてから、どこかで猫が鳴きつづけているのです。

方向からすると、窓の外。階段の下あたりでしょう。

ふーー、という、毛を逆立てて威嚇するような鳴き声で、もうずっと。

おいおい、なんかやばいんじゃないか?

そういったことにかなり鈍い私もさすがに不安になった頃・・・

ふみゃあ!

ひときわ大きく、猫の声が響き・・・

その途端、ピタッ、と足音が止まりました。

あとにはまったくの静寂。

部屋に入る時にいつもうるさい、扉を開ける音も、閉める音も聞こえませんでした。

しばらく耳を済ましてみましたが・・・私は気のせいだと思い、そのまま寝ました。


私がそのことを周囲に伝えると、みな喜びました。

やはりあそこには何かがいる。

きっと命知らずに何かが起こるに違いない。

みんな、期待に胸を膨らましていたのです。

しかし、彼らは気がつくはずもありませんでした。

ひとを呪わば穴二つ。

次に部屋のうわさに加わる、不名誉な主役を演じるのは、彼らだったのです。


以下、後編に続く


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「アパートの影・後編」


はい、それでは後編です。


アパートに住み始めてから半年がたち、十月を過ぎた頃でした。

私の所属する部活は、中心街で飲み会をすることになりました。

格闘系の部活の飲み会は壮絶です。

一次会で一年生は全員つぶされ、二次会では二年生の私もしこたま飲まされました。

予約していた会場での飲みは終了し、解散。

あとは好きなもの同士で勝手に飲め、ということになりました。

先輩ら五・六人のチームは後輩の家に押しかけよう、ということで、選ばれたのが私の家でした。

和室で二部屋、ちゃぶ台もあって飲むのに便利だったからです。

しかし、その時私は家に帰らず、部室で酔いのあまり寝ていました。

そんなことはつゆ知らず、先輩達は近所に迷惑を振りまきながら私の家にとやってきました。

当然、鍵がかかっており、叩こうが怒鳴ろうが誰も出て来ません。

そうするうちに、一人が風呂場の横、台所の窓の鍵が開いていることを発見しました。

窓は巨大です。みんなは面白がって群がりました。

ガラリと開け放し、「おーい、命知らずいるんだろ、起きんかあ」

冗談めいて言ったのです。

台所と部屋はすりガラスで区切られており、その部屋は例の釘としみの部屋です。

そのガラスごしに見える部屋には、小さな赤い電灯(紐を二回引くとつく、アレです)がついていました。

ぼんやりと歪んで見える部屋の中で、誰かが床から半身を起こしました。

命知らずじゃない。

全員がそう直感しました。

影はゆらぎながら立ちあがりました。

女性。長い髪。

動作、体型、雰囲気、そして本能。

それらが全員にはっきりとそう認識させたのです。

同時に頭の中で点滅する数々のうわさ・・・

出た!

ついに出た!

よりにもよって今日ここに!

立ちあがった影は、ガラスの向こうでゆっくりと振り返りました。

そして・・・

「誰・・・」

その瞬間、先輩達の呪縛が解けました。

全員が、脱兎のごとく駆けだしました。

格闘系の猛者達が、背を向けて一目散に逃げ出したのです。

一夜明けて・・・

家に帰りついた私が見たものは、しっかりと閉められた台所の窓と、

逃げ出した時に蹴飛ばしたであろう、転がった牛乳ビン入れ、

それと、

「昨日変な人達が来たよ」

と笑う、たまたま泊まりに来ていた姉でした。


どうです、終わってみれば見事にこっちの世界の話しでしょう。

この後、私の姉は誰にも顔を見られていないのに、
 
「神秘的な美人だ」

とうわさが立ちました。



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