こっちの世界ゾ〜ン第六十七夜「恐怖のゲイ〜〜さよなら、O〜〜前・後・完結編」

命知らず(しつちょー)さん


「恐怖のゲイ〜〜さよなら、O〜〜前篇」



私が以前アルバイト&汽車(電車)通学していた時の話です。

バイトを終えた私は、週末の最終電車に乗り込みました。

いつもは混んでいるのですが、その日は雨が降っていた事もあってか、車内はがらがら。

私がいつも乗り込む最後尾の車両には、ほんの数人しか乗っていませんでした。

通路を挟んだ席には、一人の酔っ払いのおっちゃんが座っていました。

しばらくすると、おっちゃんが話しかけてきました。

「おう、兄ちゃん。これ読みな」

麻雀雑誌。正直、私には不要のものです。

私は断ろうと思っておっちゃんを見ました。

パンチパーマ。アロハシャツ。趣味の悪いネックレス。ビール瓶のような太腕。

ひょっとしてそれ系の人?

頭の中に、足し算すると20になる職業が浮かびました。

「ありがとうございます」

私は笑顔で、内心びくつきながら受け取りました。

さもありがたそうに雑誌をカバンにしまい、他人に戻ろうとしたのですが、やっちゃん、

いえ、おっちゃんはそれを許しませんでした。

「兄ちゃん、どこの学生さんだい?」

おっちゃんの気さくな質問攻めが始まりました。

学校、名前、住所、家族構成・・・

「嘘いってんじゃないだろうねぇ」

「そんなことありませんよ」

誰が本当のことなど言ってたまるか。

そう思いつつ、私はむちゃくちゃびびっていました。

当時、私はおじさんキラーの異名を持っていました。

すなわち、年上への受けが異常にいい。

その能力をフル発動して、私はおっちゃんに気に入られるように努めました。

その甲斐あってか、電車を降りるまでの一時間、私は嘘がばれることもなく、

相手を上機嫌にさせたままの脱出に成功しました。

しかし、これは大きな失敗でした。

束の間の平穏の後、恐怖は数倍の質量をもって、私に襲いかかって来たのです。



次の週末。

また私は終電の最後尾の車両に乗り込みました。

席につくとすぐ、

「おう、また会ったねぇ」

声をかけられて振り向くと・・・

おおうっ!またか、おっちゃん!

おっちゃんは嬉しそうに私の前の席に座り込み、今度は自分の身の上話などを始めました。

おっちゃんの話は全く面白くなく、私は愛想笑いを返して、相づちを打つだけ。

そして、どうもおかしい。

私はおっちゃんがよくある「寂しがり屋の自慢したがり」だと思っていました。

しかし、なにかが違うんです。

「一緒にいるために」話すというのを更に進めて、「狙っている」話というか・・・

風俗関係の話など、まるで私を探るようでした。

ああ、ここで私が気がついていれば・・・

しかし、もう私はおっちゃんにロックオンされていたのです。

そのまた次の週、おっちゃんはとうとう本性を現わしはじめました。


以下、後編へ続く。


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「恐怖のゲイ〜〜さよなら、O〜〜後編」



私はまた終電の最後尾に乗り込みました。

おっちゃんはもう待ち構えていて、私に向かって手を振りました。

いやなんだけれど、仕方がない。

私はしぶしぶおっちゃんの前に腰掛けました。

今までと同じ距離を保って、愛想よくいこうと思っていたのですが・・・

ややっ、これは何事か?

おっちゃんは対角線上にあった距離を詰め、私の正面に移動しました。

共に窓際の席。

何だかいやーな感じがします。

おっちゃんが話す内容はそんなにおかしくないのですが・・・

肩をたたいてくる、息を吹きかけてくる、顔を近づけてくる。

なーに軽度のスキンシップさ、心配ない。

私はボランティアのつもりで、笑顔を絶やさないでいました。

すると、

「そっちの席に移っていいかい」

なぜ?どうして?なんのため?

まだ純真で経験の浅い私は、おっちゃんの本意に気がつかず、

不思議に思いながらOKしてしまいました。

身も凍る恐怖が始まりました。

「いやーそれでな」

肩をよせるな、手を回すな!

「そこで俺はなー」

ひざを触わるんじゃない!どうして太股を撫で回す!

「俺、家族がいなくて寂しいんだよ」

か、顔を近づけるな!瞳を覗き込むんじゃない!そんな表情で近づかないでくれーーー!

とどめの一言が、

「これから、兄貴って呼んでいいよ・・・」

いぃぃーやぁぁぁーじゃああああああああああああぁぁぁーーー!

ここまでくればさすがに真実に気がつきます。

これがホモ、本物のホモ。

まごう事無き異世界の住人を目の当たりにして、純真な私の心は大きく引き裂かれました。

冗談ではない!

まだ前の男を使っていないのに、後ろの処女を捧げてたまるものか!

私はホモやっちゃんの攻撃(二重に道を踏み外してる・・・)の攻撃を辛くもかわし、電車から逃げ出しました。

うああ、思い出したくもない。

もう、二度と関るまい。さよなら、おっちゃん。

そう誓って家に逃げ帰りました。

それからの私は週末の終電を避け、先頭車両に乗り込むようになりました。

どうしても終電に乗らなければならない時は、帽子をかぶり、ジャンパーを着込み、

変装して乗り込んでいたのです。

まだ三回しかあっていないのです。このまま数ヶ月やりすごせば私のことは忘れてくれるだろう。

わたしはそうかんがえ、バイト仲間や店長にも協力を要請しました。

なるべく週末の夜に、私に仕事をまわさないでくれと。

快い協力により、おっちゃんは現れなくなりました。

よし、恐怖は去った!

二ヶ月ほど過ぎて、私はそう判断しました。

しかし、あの恐怖はまざまざと脳裏に焼き付いていました。

もしかしたら・・・

私は依然として、帽子とジャンパーをかぶり、変装してホームに立つのでした。


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「恐怖のゲイ〜〜さよなら、O〜〜完結編」



あうっ、今回は狙いすぎたでしょうか。

まだ続く恐怖の完結編です。


そう! まだ恐怖は去っていなかったのです!

災害というのは忘れた頃にやってくるもの。

おっちゃんも、そんな私の心の隙を狙って来襲して来たのです。

変装はしていたものの、

私の心では、おっちゃんとの関係(うう、なんだかこの表現いやだなあ)は終わっていました。

ですから、電車の中では帽子もはずし、ジャンパーも脱ぐようになっていたのです。

ああ、何たる大失態!

一駅か二駅を過ぎた時、

「久しぶりだねえ」

脳天を直撃する、桃色の声が頭上から響きました。

ぞわわわわわわわわわわわわ!おっちゃんっ!

心底嬉しそうな、異界の微笑みが私を出迎えました。

「いやー、しばらく見かけなかったから、おじさんここん所探してたんだよ」

そう、何とおっちゃんは、最後尾から先頭の車両まで、私の姿を求めて客をチェックして歩いていたのです!

しかもここ数週間ずっと!

しかし、しかしなぁ・・・

そんな苦労話を聞かされたところで、おっちゃんに私が愛を感じるとでも思うのかあっ!

よけいぞぞ毛が立つわいっ、ボケえっ!

違う車両にいるんだぞっ、私にソノケがないことくらい察っさんかあっ!

ああ、しかし、相手はやっちゃん。

私はまたおとなしく愛想笑いをしつつ、相手をしなければなりませんでした。

逃げたかった。心の底から逃げ出したかった。

今すぐトイレの個室に閉じこもって、内側から鍵をかけたかった。

しかし・・・席を立つと「誘っている」と誤解されそうで・・・

ましてやトイレなど・・・

いやそれ以上に、おっちゃんに背中を、お尻を見せるのが怖かった。

ゴルゴ13もきっとこんな経験をしたに違いない!

撃ち殺したいぞ、ちくしょー!

ああ、誰かヘルプ・ミー!そんな私の魂の叫びを乗せて、列車は走りつづけました。

無事でよかった・・・本当に・・・よかった・・・


しばらくして、私はバイトを辞めました。

理由は色々あったのですが、その一つにこのおっちゃんがあったことは言うまでもありません。

「ありがとうございました」

店長達に頭を下げつつ、今度こそ私は心の中でつぶやきました。

さよなら、おっちゃん。

もう二度と会ってたまるか!

と・・・





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