こっちの世界ゾ〜ン第九十参夜「貫通」

楯野恒雪(渡し守)さん談


ここでちょっと痴漢のお話を。

どこまで本当か不明ながら、大学生の頃にある女の子から聞いたお話。


彼女の高校時代の友人(仮にAさんとする)は、毎朝通学の電車で痴漢に遭うのに困っていた。

そこで同級生のBさんに相談したところ、ある痴漢撃退法を教えてくれたそうな。

Bさん、セーラー服の襟の裏側に、いつも待ち針だか安全ピンだかを刺していて、

電車の中で痴漢に遭うとそれを抜き取ってチクリと手を刺してやるのだとか。

それを聞いたAさんは、翌朝早速試してみることにしました。

満員電車の中、痴漢は大胆にも彼女の胸に手を延ばしてきました

(もしかしたら、その前に他の部分もさわってたのかも知れませんが)。

そこでAさん、待ってましたとばかりに針を取りだし、痴漢の手にプスッとやろうとしました。

ところが、丁度その時電車が急停車し、

Aさんはバランスを崩して、うっかり自分の胸を刺してしまいました。

刺したといっても、深々と刺さったわけでなく、チクリとする程度だったそうです。

急停車した拍子に針は落としてしまったらしく、

痴漢の手も離れて、それきりさわってこなくなりました。


「Bちゃんみたいにはいかないなぁ」

などと、少し落胆した様子で改札をくぐると、そこにはBさん当人が待っていました。

Aさんが「おはよう」と声をかけ

ようとすると、Bさんひどく驚いた様子で駆け寄ってくる。

「Aちゃん! 胸、どうしたの!?」

「え?」

見ると、Aさんの胸元には小さな鉤裂きができており、

そこからウエストのあたりにかけて赤い線がツーっと続いていたそうな……。


Aさんは「あれが自分の胸に刺さっていたらと思うと」

恐くて二度と同じ撃退法はやらなかったそうですが、この話を聞いたとき、

私は手を貫通する傷を負いながら悲鳴ひとつ上げず上げずに

撤収した痴漢さんの精神力に感心することしきりでございましたとさ。





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