あっち世界ゾ〜ン・第参拾六「新取袋・特別篇」

いたこ28号談



『チャイム』


大手広告代理店で働く女性から聞いた話である。
彼女はマンションの四階で一人暮らしをしている。
仕事柄午前0時をすぎた頃に帰宅する事が月に何度かある。
そんな日にかぎって、眠ろうとベッドに入るとチャイムが鳴る。
悪戯は必ず午前2時前後。
何度か続いたある日、これも仕事柄気丈な彼女は、
犯人を確かめようと、部屋の電気を消しドアの前で待つことにした。
午前2時。
チャイムが鳴った。
さすがに躊躇してしまい瞬時に外には出られなかったのだが
走っていく足音と三軒隣のドアが閉まる瞬間を目撃した。
犯人の姿を見ることは出来なかったが、彼女は全てを理解した。
三軒隣にはヒキコモリの少年が住んでいた。
「そういうことなんだ。まだ続くようなら注意しなければ。」
その後も深夜に帰宅するとチャイムの悪戯が
あったのだが、注意にも行けず日々が過ぎていった。
年の暮れ。
両親の元に帰郷した彼女は、元自分の部屋で一人で眠っていた。
夜中の2時過ぎ。
突然チャイムの音が部屋に響いた。
またあの馬鹿少年か・・・と思ったがここは両親の家。
それに部屋の中でチャイム音が鳴るわけがない。
チャイムなんて付いていないのだから。
驚いて起き上がると、
彼女の耳元で、
「ぴぃんぽん」
それはチャイムの音を真似るネバネバした男の声だった。
彼女は悲鳴を上げながら飛び出した。
十数年ぶりに両親と一緒に眠ったそうだ。
その後、何故かマンションではチャイムを鳴らす悪戯は起こらなくなった。


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『神木』


ある外資系のコンピューター会社の人から聞いた話。
彼が始めてそのパソコンを見たのは入社したての頃。
彼の部署とは違う営業部にあった。
使われていない席の机の上に古いタワー型パソコンが
まるでモニュメントのように置かれていた。
それにはキーボードもモニターも電源も何も繋げられていなかった。
数年たった今でも、空いている席に移動させられながらも、
ただの箱と化したそのパソコンは存在している。
しかし何故そのパソコンを廃墟処分にしないのか
関係しているであろう社員達は決して理由を語らないそうだ。

「切ることの出来ない神木みたいでしょう。」

と彼は笑った。


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『緑』


マンションの五階に住んでいるAさんから聞いた話。
部屋で真夜中テレビを見ていたら
彼女とテレビとの真ん中あたりの床下から緑の仮面が湧いて来た。
それは仮面のように切断された無表情な緑色の顔だった。
顔は天井に向かってゆっくりと浮かんでいき
やがて天井に吸い込まれるように消えた。
「通り抜けていったんだよそれ!!」
四階と六階の住民も顔を同じ時間に見ているはずなので聞いてくれ!!
と私は彼女に頼んだ。
そんな事聞いたら変な人と思われるから嫌だと簡単に断られた。残念。


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『菊』


Sさんが中学校2年生だった頃の話。
彼が通う英語塾は水曜日と金曜日の夜八時から十時まで授業があった。
家から塾に向かう途中に踏み切りを渡るのだが、
その日は何故か踏み切りを渡っていると菊の花の香りがした。
帰宅するために渡った時には、異常なぐらい菊の花の匂いが強くなっていた。
夜だとはいえ照明が施されていているので暗い踏切ではない。
匂いを出しているはずの菊の花を探したのだが見つける事は出来なかった。
次の日の朝、あの踏切で高校生が飛び込み自殺をした。


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『見つめる人』


その日Dさんは仕事が遅くなり最終電車に乗った。
座席に腰掛けたDさんは眠ってしまった。
自分が降りる駅の三駅前で目が覚めた。
半分以上の人間がその駅で降りていった。
電車は何度かドアを閉めなおして走り出した。
ドアを何度も閉める音は、車内が静かなせいもありかなり煩かった。
Dさんはここで寝てしまうと、寝過ごしてしまうと思い眠らないようにした。
次の駅でも何度もドアを閉めなおし電車は走り出した。
何かドアに挟まっているのだろうか?気になった。
○○駅で降りたのはDさん一人だった。
再び何度もドアを閉めなおしてから電車は走り出した。
どの車両か分からないが何かが挟まっているようだ。
それが何か何故か気になったDさんは確かめようと走りだした車両を見つめた。
最後尾の一番後ろのドアの上に腕が出ているのが見えた。
小さな子供の腕の肘から上が出ていた。
手を閉じたり開いたりしているので人形の手ではないようだ。
しかし不思議なのは、最後尾の運転席にあるドアの窓から
確認のために車掌が首を出している事だった。
気づいていないの?それとも彼には見えないのか?
Dさんの真横を腕が通り過ぎた。
挟まっていると思えていた腕は、そうではなくドアから生えているようだった。
ガラスの向こうには、その腕の持ち主であろう体は見えなかった。
窓から首を出している車掌が『貴方にも見えるのですかと』
確かめるように、振り向きDさんを見つめた。
彼にはそう思えた。
Dさんを見つめる車掌と腕を乗せた電車は小さくなっていった。


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『再会』


近所の叔父さんから聞いた話。
叔父さんが小学校低学年だった頃、
お父さんは東京に出稼ぎに出たまま行方不明になっていた。
彼は男ばかりの五人兄弟の末っ子で、一番上が中学生だった。
暴れ盛りの男兄弟。
部屋は荒れ果て襖や障子は破れ放題。
部屋も二部屋しかなく、十畳ぐらいの部屋に家族六人が雑魚寝状態で眠った。
しかし貧乏だったが決して不幸だと思ったことは無かったそうだ。
ただ一つ嫌なことがあった。
田舎だったのでトイレが外にある事。
怖がりだった彼は、夜中にトイレに行きたくなると
必ず一番上の兄貴を起こして付いてきてもらっていたそうだ。
その日も夜中に兄とトイレに行った。
家に戻ろうと振り向くと、火の玉がゆっくりと
自分達の家の屋根に降りていくのが見えた。
驚いて部屋に戻った二人は家族を起こそうかどうか
迷っていたら、破れた障子の隙間から誰かが中を覗いていた。
父親だった。
二人は父親が帰って来たと大声で叫んだ。
家の中は大騒ぎになった。
しかし父親の姿はどこにも無かった。
未だに父親は行方不明のままだそうだ。

「たぶん、あの火の玉が親父だったんだろうな。
ただ俺と兄貴しか会えなかったのがな。
幽霊だったとしても家族みんなに合わせてあげたかったよ。」





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