あっちの世界ゾ〜ン第五十参夜・夏の夜の恐い話 しょにょ8 「侍」

おやじ32号さん談


私は中学、高校と体育会系の青春を送っていた

柔道、剣道、そして居合道と古武道に熱中していたのである

特にこの居合道は中学一年から高校卒業まで6年びっちりしごかれたのだ

ご存知の諸氏もいると思うが一応説明しよう

日本古来から伝わる武道の一つだが、柔道、合気道、空手と違い、

武器を操る武道である

俗に日本刀と呼ばれる長い刃物で対人攻撃、防御を行い

時には殺傷する目的の武道である

当然柔道などとは違い、今の時代実戦で戦う事はありえないが

その昔に、日本中の人間たちが、その武術を体得し時には、

威嚇に、時には殺傷に、文字どおり力と技で

時には相手の命を奪い取り、歴然とした生死で実力を

証明する手段でもあった

私たちがいつも歩いている道と同じ場所で、

200年前繰り広げられていた実際にあった世界である

日本全国に無数の流派が存在し、歴史に名高い武蔵は

真影流を世に轟かせたのは有名な話である

私の属した流派は、夢想神伝流と言い、数ある流派の中には

剣道の時に発する威嚇の気合を発するものも存在するが

読んで字のごとし、終始声を立てず、

まして物音も立てる事を拒まれた流派で、あった

今はなき、勝新太郎演ずる座頭市が仕込み杖を逆手に持ち

バッタバッタと敵を斬り殺すシーンがあったが

実際、その手法の流派も名前こそ失念したが存在するのである

実の所、県大会にも出場した事があったが、少々違う青春のしすぎで、

辛くも予選落ちをきしてしまったが、この県大会、そして全国大会は

すべて、カタといわれるもので競われるのである

このカタと呼ばれるものは、対象が木でも、石灯篭でもなく

人である

つまり、対人攻撃姿勢を色々な形で表現するもので

我流派には、「こらんとう」、「しょはっと」、「けさあおりぎり」

「かいしゃく」数々あるが、

中では「かいしゃく」が私の中では一番印象深い

これは武士、侍が切腹をした再、あまりの恐怖と激痛に本人が

ぶざまなあがきをしないがため、十文字に腹をさばいたあとに

行われる首切りである

館長いわく、「かいしゃく」こそが武道の神髄とさえ言っていた

そしてよく教えられたのが人の切り方である

普通の人が体を鍛えるために行うスポーツから見れば

尋常な世界ではないと思うが、居合道とは、古い歴史から

共存してきた日本独特の生命精神力そのものなのだ

剣道は居合道の延長線上に位置するスポーツなので、

実際小手、面、胴と言う技の種類はすべて打ち込むという概念だ

それに反して居合道は、なめる、ひく、突き刺す、のだ

ひく、と言うのは誰でも承知だと思うが、刺し身を切る時に

包丁は押したり、たたいたりしないのである

日本刀を大きく前に振り下ろし、握る部分を自分のへそのあたりに

戻してくる、つまりは ひく である

刃物はひく事によって切れ味が増すのである

外国の場合この概念が逆である

押すのである

証明の一つにノコギリが取り上げられるが

手前にひくのは日本だけで、外国では押すのが主流である

これは、フェンシング、剣のたぐいの概念である

そして独特の なめる である

日本刀と言うものは、素材はハガネと言うもので、出来ており

これが結構もろいもので、硬いものに当たると割れる性質がある

ゆえに骨のような硬い物を避けるため表面の肉のみを切るのである

そしてもう一つ、居合道は、威嚇、牽制にも広く活用された

最小限の殺生を除外する為だ

人間の表面は柔らかい肉で覆われている

この肉を切る事によって相手が戦力を喪失するのだ

館長がこれまた熱心に私に色々と教えてくれたのだが

今更考えるに、アメリカの銃社会と何ら変わりない世界が

町の公民館や道場で今でも繰り広げられているのである

ついでにもう一つ、世に存在する名刀の話だが

ファイナルファンタジーの世界でも取り上げられている

妖刀正宗、雨の村雲、その手の話だ

日本刀と言うものは刀鍛冶なる人物が精神を込めて鍛え上げる

代物で、真っ赤に焼けたハガネを限りなくハンマーで叩きまくり

粒子の隙間を狭くし、硬い、そして鋭利な切れ味、なおかつ

折れにくい刃を鍛え上げ、最後の一瞬、気合と共に

焼けた刀を水に浸け、引き締めると聞いたが

この水に浸ける瞬間、名刀なるものが生まれるのである

大気の湿気、そして浸す水の温度それらで刀の価値が違うのだ

一番重要なのは水の温度である

一番いい刀を打ち出す温度は、36℃前後だそうだ

俗に言う 人肌 である

その昔ある町で将軍家に献上する刀を鍛冶が打っていたが

どれも会心の作とはいえず、なまくら刀を献上したのでは

お家取り潰しも免れない、、

思い余った鍛冶はそばにいた女房を斬り殺し

そのしたたった大量の人肌の温度の血で

最後の刀を引き締めをおこない献上したそうだ

まれに見る名刀だったがその刀の持ち主には

血しぶきが伴う災難が付きまとうと言う

俗に言う妖刀正宗伝説である

江戸時代には、この刀に等級なるものが与えられたのが

三つ胴、四つ胴、五つ胴なる称号だ

早い話、読んでの通り、四つが五つになってくれば名刀である

この五つ胴とは当時の刑務所に当たるものから

罪人を引き出し、むしろをひいた両脇に打たれた太い杭に

両手足を縛りつけられ、五人縦に積み重ねられ

一番上の罪人の腹をめがけ刀を振り下ろし

ものの見事に五人切れれば、五つ胴である

これは死刑を兼ねたもので、むろん生きたままの状態で執行された

実際この日本で行われていた出来事である

4、 5年前に何かの旅行で会津若松に行った時の事だ

会津若松は、白虎隊で有名だが、当時の面影を

会津城に保存してある

私はこれまで色々な日本刀を見てきたが白虎隊の残した

刀を見た時、何か思いを遂げられなかった強い怨念を感じた

城の落城を嘆いた白虎隊は全員自決したそうだが

実際人の血を吸った刀に驚愕したのだ

刀身は不気味に紫色に輝き、見たものを引きずり込もうと

しているような、滲み出す怨念を感じた私は

そのショーケースから逃げるようにして城を出た


殺伐とした世の中は波乱に満ち

人間たちは宗教の違いで殺し合う

いつしか世の中はローマ帝国が崩壊したように

未来にもバイオレンスジャックのような世界が

訪れるかもしれない

果たして、その時私の身につけた武術は

いったいどこまで、役に立つのだろうか?





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