あっちの世界ゾ〜ン第七十弐夜「片腕の兵隊」

スズケンさん談



これは先日、家に遊びに来ていた私の祖父の兄、即ち大叔父から聞いた話です。


大叔父(以下、Tさん)は戦時中、陸軍に招集され、中国大陸に出征しました。

Tさんが招集されたのは戦争もいよいよ負けるかという時でした。

それはなんとも酷いありさまで軍曹であったTさんさえも武器は軍刀一本、

部下に至っては銃剣すらも支給が行き届かないほどであったといいます。

しかし上は容赦なくTさんを前線へと送り出しました。

前線に着いて、申し訳程度の武器は手に入ったようですがそれでも申し訳程度です。

当時、本当に恐ろしかったのは

軍服を着て正面から突撃してくる敵兵よりも私服で襲ってくる便衣兵(ゲリラ)で、

Tさんをはじめ当時の日本兵の多くは気を休める間もなかったと言います。


そんなある夜、Tさんの分隊は壕の中で休んでいました。

外に一人歩哨を立て、

Tさんは壕の中で軍刀の手入れをしているうちについうとうととしてしまったそうです。

すると突然、外の歩哨が「誰だ!」と叫びました。

外では人の走り回る足音がばたばたと聞こえていました。

Tさんは軍刀を抜き、部下を起こして恐る恐る顔を半分だけ出して様子を伺いました。

外は満月で薄明るく、その月明かりを背に受けて人が一人立っています。

よく見ると右腕がありません。

それにどうやら日本兵のようです。

歩哨の姿はありません。

「何者だ!所属と姓名を言え!」

Tさんが尋ねると日本兵はか細い声で答えました。

「自分は○○部隊所属△△小隊、××上等兵であります」

「何の用だ」

「自分はこの先の野戦病院に入院しておりましたが

訳あって行かねばならないところがあります。ついては軍曹殿にお願いがございます」

「言ってみろ」

「この手紙を…自分の母に届けて頂きたいのです」

と言って彼はポケットから封筒を取り出し、Tさんに差し出しました。

「どうか…よろしくお願いします」

Tさんは彼の頼み方があまりにも悲壮であったため、彼の頼みを受けました。

「わかった。責任を持って届けよう」

「ありがとうございます。では、失礼します」

「武運を祈る」

彼は左手で敬礼をして去ってゆきました。


翌朝、負傷して倒れている歩哨が見付かり、野戦病院まで運びました。

Tさんは昨日の兵士のことが気にかかり、

尋ねてみると昨夜右腕のない兵士が亡くなったということです。

封筒の名前と照合してみると間違いなくあの兵士でした。


やがて、ソ連の参戦でTさんはソ連の捕虜となり、

何年もの間シベリアに抑留されていたそうですが運良く生きて帰ることができました。

その後Tさんは長い間かけて遺族の方を探し出し、

やっと手紙を手渡すことができたそうです。

今でもそのご家族との親交は続いているということです。


会話等に多少の脚色は加えさせて頂きましたが話はほぼ大叔父から聞いた通りです。




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