あっちの世界ゾ〜ン第弐夜「ドアノブの…」

命知らず(しつちょー)さん談


これは私が小学生の頃、修学旅行から帰ってきた年上の子に聞いた話です。

もう人物名などは忘れてしまっているので、

登場人物は出演準にA・B・C…とつけていくことにします。


さて、その私と仲が良かった子、Aさんの学校は修学旅行に行くことにしました。

他の学校の事は分かりませんが、この学校は5・6人毎のグループ行動を

生徒達にとらせることが通例で、泊まるホテルでも各班ごとの部屋をあてがいました。

「消灯時間厳守」

学校側はそう言いますが、言う方も聞く方も、守るものだとは思っていません。

子供たちはそれが釈迦の掌の上でのダンスだとは思わずに、

消灯時間が過ぎても遊んでいました。

そろそろ出番かな…

重い腰を上げた先生の不意打ち!一喝!

部屋は静かになり…先生が出て行ったあと、怪談大会が始まりました。

蒲団にくるまったまま、ぼそぼそと皆順繰りに知っている怪談を話し始めたのです。

そのメンバーの中に、Bさんという人がいました。

彼はかなりの話し上手で、ムードたっぷりに、ある怪談を語り始めました…


「ある人…Cという人が急な仕事で出張することになった。

しかし、タイミングが悪かったんだな。丁度どのホテルも満員で、泊まれない。

ようやくある旅館で泊めてもらえたんだけれど…

実はその部屋、「でる」っていう噂の部屋だったんだよ。

旅館の人たちは、満員だったんで、仕方なしにその部屋に案内していたんだ。

そんなこと知らないCさんは、ものすごく感謝して、喜んだ。

そして疲れていたんで…蒲団をしいて、すぐに眠ってしまった。

でも夜中になって…

ぴちゃ。ぴちゃ。

どこかで水の音がして、Cさんは目を覚ました。

ぐっすりと眠っているはずなのに、そんな小さな音で目が覚める…

その不自然さに、Cさんは気がつかなかった。

水道の栓を占め忘れたかな?

そう思ったが蛇口はしっかりしまっている。

そして…耳を澄ませたが、もう水音はしない。

気のせいか。

そう思って横になると…

ぴちゃ。ぴちゃ。

また音がする。

Cさんは気になってまた起きた。

でも、風呂も洗面台も、やはり蛇口はしまっている。

じゃあなんだ。

電気をつけて、部屋を調べてみた。

すると…

シミがある。

部屋に入ったときは気づかなかったんだけど、床の間の壁にシミがあるんだ。

壁から噴出した水で水溜りができていて…それが床の間から床に滴っている。

Cさんは、やはり無理をいって泊めてもらった部屋だから、安普請でも仕方ないか。

そう思って、床をふくとまた蒲団にくるまった。
 
電気を消すと、しばらくしてやっぱり水音がする。

でももう原因は解っているから、安心して彼は眠ろうとした。

ところが…

よく聞くと、さっきと音が違う。

ぴちゃ。ぴちゃ。

にまじって…

ずるっ、ずるっ。

何かを引きずるような音がするんだ。

まるで、たっぷり水にすった何かを引きずっているような…

ぴちゃ、ずるっ。ぴちゃ、ずるっ…

その音におかしな雰囲気と…恐怖を感じて、Cさんは急いで起きて電気をつけた。

床の間をみると…シミがない…

シミは床の間ではなく、その右横の壁に移っていたんだ…

床には床の間からそのシミに水が垂れたあとがある…

そしてそのシミは、さっきと大きさも形も変わっている。

人のような形…誰かが荷物を引きずっているように見えるんだ。

Cさんは急に怖くなった。

そのシミがずれている方向、それはCさんの蒲団のしいてある場所なんだ。

それにさっきの音を思い出して見ると、

だんだん大きく、近づいてきていたような気がする…

Cさんは布団を部屋の反対がわに敷きなおすと、頭から毛布をかぶって寝た。

さっきのことは気のせいだと思おうとしたんだけれど…

しばらくすると、やっぱり音が聞こえてきた…

ぴちゃ、ずるっ。ぴちゃ、ずるっ。

気のせいじゃない。でも音は遠ざかって行っている。

蒲団の位置を変えてよかった…Cさんはそう思ったんだけれど…

急に音が止まった。

あれ?

思わず耳をすますと…

ぴちゃ、ずるっ…

今度は音が大きくなり始めた!

間違いなく音が近づいてきている!自分の方にやって来ている!

Cさんは毛布をかぶって目をつぶった。でも音は聞こえる。

ぴちゃ、ずるっ。ぴちゃ、ずるっ…

Cさんはついに体を丸めて耳を手でふさいだ。

長いことそうしていて…

Cさんはもうそろそろいいかと思って、恐る恐る耳を開いた。

音は…聞こえない。水音も引きずる音も…

Cさんは…怖かったけれど、さらに勇気を出して蒲団からそおっと顔を覗かせた。

部屋にはなにもいない。

ほっと安心するCさんの額に、何か水滴が落ちた。

えっ? っと思って目線を上にすると…

Cさんのすぐ上に、覗き込むようにして男が立っていたんだ!

ものすごい…肉がえぐれているような切り傷で、顔中血だらけ!

その血がぽたぽたと蒲団に垂れているんだ!

男はずた袋のようなものを背負っていて…

恐怖のあまり、身動きも声もでないCさんに、男はニタリと笑うと…

担いでいるずた袋の封をといて、Cさんの上で逆さにした。

その途端…どぼどぼどぼ…と赤い液体…もちろん血だよ…と、

いくつもの切り裂かれた人のからだが、Cさんのうえに落っこちてきたんだ…

腕、足、指…

肉が削げ落ちた生首が転がるのを見て…Cさんはとうとう気絶した…


Cさんが気がついたのは、朝だった。

汗をびっしょりかいていて、はっとして壁をみると、どこにもシミなんかない。

夢だったのか。

そう思ってからだを起こすと、疲れていて、体がものすごく重い。

あんな悪い夢で、眠れなかったからな。

そう思ってふと蒲団に目をやると…

自分の眠っていたその蒲団に、人のかたちに血のシミが…

Cさんの背中には、その血がびっしりとついていたんだって…」


Bさんの話は終わりました。

他の子も話し終え、そこそこの盛り上がりを見せて、怪談大会は幕を下ろしました。


さてその夜、みんなが寝てしまってからのことです。

Dという子が、トイレにいきたくなり、目を覚ましました。

トイレは班の部屋の外、共同です。

彼は部屋から出ようと、ドアのノブを握りました。

ヌルッ!

手が滑りました。



手をみると…濡れている。

さらによくみると…それは血でした。

うぎゃあああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。

Dさんの悲鳴で、みんな目を覚ましました。

なんだ、どうした、何があった。

その質問に、D君はおびえた口調で答えました。

血じゃあ!呪いじゃあ!たぁ〜たぁ〜りぃ〜じゃあああぁぁぁ〜〜〜!

と…。

そして皆はBさんにつめよりました。

おいっ、B!あの話しはどこで聞いた!まさかこのホテルじゃないだろうな…

「そんなはずないよ、だって…」

B君はバツが悪そうに、しかしきっぱりと言いました。

「それ、さっき俺が出した鼻血だもん」


二度も続けて失礼いたしました。

しかし、怪談の内容はともかく、その後の騒ぎは実話です。





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