あっちの世界ゾーン第四夜「髪の毛」

 育美 さん談




私の非常に数少ない体験談の一つをお話しいたします。

本人は一番あせった体験ですが、大して恐くはありません。

私、こんなペンネームですがヤローです。

では始まり始まり...



今でもはっきり覚えていますが、それは大学3年に成り立ての四月のことです。

研究室に入って歓迎会のあった晩のことなので、特に良く覚えています。

それまで住んでいた大久保という所から引っ越したばかりで、

ようやっと部屋の片付けが済んだ時分でした。

ですから、体力的にも疲れていたんだと思います。


さて、先輩たちに手荒な一気呑みの歓迎を受けて、3件目をまわった辺りで、

お酒の呑めない私は意識があやふやになっていました。

ですから、自分の部屋には何時頃、どうやって戻ったかは覚えていません。

ただ何となく、部屋に転がり込んで布団を引きずり出して

被ったのだけは覚えていました。


ふと気がつくと、暗い部屋の中で目が覚めました。

いつもなら部屋のカーテンは締めて寝るのですが、

その日は開けたままでした。

そのせいか、部屋の外の街灯の明かりが、

薄くさし込んでいたのを覚えています(部屋は二階でした)。

目が慣れて来ると、部屋の様子がはっきり見えました。

いつもは呑んだ後は頭痛がするのですが、

その時は妙にすっきりとしていて、頭痛も無くていい気分でした。

さぁて、寝直すかな...と思って、

ちゃんと布団を敷こうと思い、起きようとした時です。

全身がピクリとも動かせないことに気付きました。

ん?

これが噂の『金縛り』か?...

この手の話しは好きでしたが、今まで金縛りになったことの無かった私は、

かえってワクワクしてしまいました。

どれどれ...おぉ!

確かに指一本すら動かせない!これはすごい!!(おいおい...(^^;)

まぁ、疲れてるからだろうと適当に納得して、

ゆっくり指先から動かそうと考えました。

しかし、ふと妙なことに思い当たったのです。

私は仰向けに寝ていて、顔は左を向いたまま金縛っていました。

左頬に畳の感触があったので間違いない筈です。

すると、私の部屋であるなら、左側は壁際で、

押し入れが見えている筈なのです。

ですが私には、

部屋の全体を低い位置から見上げるような景色が見えていました。

ここに至って、初めて恐怖心が込み上げて来ました。

背筋を冷たいものが伝う...とか良く言われますが、

初めて自分で体験しました。

おぃおぃ、これはどう考えても変だ...しかも、よくよく見ると、

自分の部屋の筈ですが、中の家具や、その他のものが、

何だか自分のものとは違うようなのです。

配置も違っていました。

本格的にやばそうだと思い、一時期キリスト教をかじっていた私は、

神様にお祈りを始めました。

とにかく、手か、顔か、身体の一部でも動いてくれ、とひたすら祈りました。

しかし、駄目です。

全く動きません。

さすがに段々あせって来たその時です。

何かが首筋を伝う感じがしました。

最初は、うわぁ!虫でも落ちて来たかぁ、と思いましたが、

再びそれが触れた時にその感覚に思い当たってゾーっとしました。


それはまるで、誰か長い髪の毛の人が私の顔を覗き込んでいて、

その毛先が首筋を伝うような感覚だったからです。


で、出たのか?

と恐ろしくなって、とにかく必死にもがこうとしました。

せめて顔だけでも向けて確かめたいと思っていた時に、

顔を向けることは出来ませんでしたが、

両目を開けることが出来ました(今まで閉じてたことになるんです)。

その途端目に入ったものは

...バサリと垂れた、長いストレートの黒髪でした。

うわぁー!

と恐怖にパニックになった瞬間、今までの金縛りが解けたのが分かりました。

がばっと飛び起きて...っていうのが普通でしょうが、

上にいるかもしれない人 (^^; が恐いので、

目をつぶって暫くじっとしていました。

もう一度目を開けた時には、押し入れの襖が目の前に見えました。

それからゆっくりと身体を起こして、部屋の電気を付けると、

その日は朝までTVを見っぱなしですごしました。

とても、もう一度電気を消す勇気はありませんでした。



以上で終りです。盛り上がらなくて済みませんが、

これが私の体験した一番あせった「あっちの世界」の話しです。

この部屋にはそのまま2年住みましたが、

後にも先にもこの1度きりでした。





えーと、こんな感じですが、いかがでしょうか? (^^; 

あんまし恐くないですね。

本当は、後日談で実はこの部屋は...とかあればいいんですが、

気になって知り合いの不動産屋に調べてもらっても何もなかったし、

変な噂もありませんでした。

しかしこのアパート、その当時でも、

その辺りの平均の半額位だったのは確かです。

畳も新品だったし。

場所は千葉県松戸市和名ヶ○町の

小学校側にある(もう10年近く前ですけど)アパートです。





実をいいますと、あの話しのラストは少し変えてあります。

本当は、最後に金縛りが解ける瞬間に

何だか笑い声のような無気味な声を聞いたんです。

でもこれは、もしかしたら聞き違いかも知れないし、

自分の思い込みかも知れませんし、

何かできすぎてて作り話と思われるのも嫌なので、あえて省きました。

いたこさんの判断で、入れたほうがいいと思うなら入れて下さい。

私はたしかに声を聞いたと今でも信じています。

その声は、しゃくり上げるような女性の笑い声でしたから

...あれは忘れられません。