あっちの世界ゾーン第七十壱夜「トン子ちゃん」

命知らずさん談


もうひとつ。

イカ太郎さんの話しを読んで、私も昔のふしぎな体験をひとつ。

何度も言いますが、コワイ体験はないんですよね、私。


私の家族は中学の頃、親戚の呉服屋の家を借りて住んでいました。

その呉服屋は建てたのはいいんですが、客が集まらずに閉鎖した、使っていない家屋でした。

間取りを書けばおどろおどろしいのでしょうが、めんどくさい。

実際に小さい呉服屋に行ってもらえばわかるような、典型的な家でした。

ただ、死体を埋めるためにあるような、二畳しかないコンクリートに囲まれた中庭。

二十畳もある呉服用の部屋と、縦長の四畳の部屋(横幅が…せまい!)。その間にある階段。

和式と洋式、二つあるトイレ。

***に使えた、秘密の部屋。

それらのアンバランスな構造が、何か不気味でした(昔の呉服屋は全部そうだったらしいが)。


ある朝、私は早く眼を覚ましました。

そとは明るいのですが、まだ他には誰も眼を覚ましていない。

私はトイレに行こうと一階に降りました(私は細長い四畳で寝ていた)。

男性・立ち小便用の和式トイレの戸をいつものくせでたたくと…

トントン

中から返事が返ってきました。

誰かいるのかと思い二階に戻ろうとして、ふと気が付いた。

みんな寝てるんとちゃうか?

もう一度戸をたたくと返事はなく、中には当然、誰もいませんでした。


このことを姉に話すと、姉も経験したことがあるとのこと。

姉のときは夏の昼間、みんなが冷房の効いた二階で昼寝していた時に起きたらしい。

我々はそのことを母に話した。

母は洗いものをしながら言った。

「あら、きっと中にトン子ちゃんがいたのね」

トン子ちゃん?それはいったい誰?

「見えないけど返事するんでしょ。だからトン子ちゃん」

……


それ以来、我が家では女子トイレに現れるのはトン子ちゃん。

男子トイレはノックンと呼んで、親しまれるようになりました。

この家では、肩をたたかれて振り返ると誰もいない。

そんなこともありました。





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