あっちの世界ゾーン第九十八夜「O大学A棟」

くろねこさん談


初めて投稿します、くろねこです。

他の人の怖い話はすきだけれど、わたしが怖い目に会うのは絶対いやなんです。

実際にわたしがあっちの世界と遭遇した経験はなくはないのですが、

その時のことを他の人に話したり手紙で詳しく書いたりすると、必ず気味の悪いことが

起こったりするので、ここではわたしが経験したことより身近の人に起こったことを書こうと思います。

今回は私の母校のある教授が経験したこと。

まず私の母校O大学は山の頂上にあり、

周囲は住宅地に囲まれて何の娯楽もない地域に立地しています。

外観は古い病院のように見るからに殺風景で陰気です。

単科大学で、クラブ活動もさっぱり盛り上がらず、勉強ばかりが厳しい、

そうした環境が学生を追いつめるのか自殺者や事故死者がやたら多い

(事故死者は95年度で全国大学一、自殺者は全国三番目)のです。

年間最低2-3人が亡くなっています。

自殺者が集中するのが大学構内の古いA棟7階または8階です。


話は、A棟8階に研究室を置いているある教授が深夜まで残業していた時の出来事です。

教授はその時学会発表と研究論文がかさなり、連日1時2時まで研究室に残って作業をしていました。

いつもなら勉強熱心な院生や他の先生がいたのですが、

その日はその教授一人だけしかいませんでした。

教授は作業を終え、ようやく電気を消して研究室を出ようとした時、

廊下のずっと向こうの方から誰かが走りよってくる足音が聞こえたそうです。

廊下は真っ暗だったため、

教授は学生かなと考えて別に気にせず手探りで近くのエレベーターまで行きました。

その時はうまい具合にエレベーターが8階に来ており、

教授はすぐにエレベーターの中に乗り込めました。

そして足音がエレベーター近くに来るまで、待っておいてあげようと思ったそうです。

ドアを開けたまま、足音の主が入ってくるのを待ちました。

しかし足音はパタッとエレベーターの前で止まり、いつまで経っても誰も入ってくる気配はしません。

オヤと思って教授は頭を出してエレベーターの外を探ってみましたが、

暗闇が続くばかりで人影らしきものは全く見当たりません。

おかしいなあ、と教授は首を捻りながらエレベーターを閉じようとしました。

すると、その時ゾワッと背筋が泡立つのを感じました。

とにかく早く下に降りたほうがいい、と自分の中の「声」が警告したそうです。

そしてドアを閉じようとボタンを押しましたが、なかなか閉まらないのです。

「閉」のボタンを押しているのに、開いたまま何の変化もありません。

教授は焦ってボタンというボタンを何度も押したり、ドアを引っ張ってみたり、

バンバン壁をたたいてみたりしたそうです。

普段が極端なほど冷静な教授なだけに、その錯乱状態は尋常でなかったことが伺えます。

そしてドアを調べようとした教授は、次の瞬間恐ろしいものを目撃してしまいました。

両ドアの下を押さえる二つの手。

暗闇から伸びた腕が、ドアが閉まるのを妨害していたのです。

教授はそれを見るなりエレベーターを飛び出し、50を超えて久しい年齢であるにもかかわらず、

8階から一階まで2段飛ばしで階段を駆け降りたそうです。

またさらにその時背後から

「待てえ」

という低いかすれるような声が聞こえたような気がしたとのことです。


次の日の講義の時間、その教授は土色の顔をして講義室に現れました。

そして、憔悴しきった声でぽつりぽつりと私たちに事の顛末を話してくれたのです。

奥さんも誰も信じてくれないけれども、黙っていることができなかったようです。

実は私個人もA棟で気味悪いことを何度か経験しています。

A棟の真下に祭られたお地蔵さん(数名の飛び降り自殺を慰めるため)の近くや、一人で

A棟の談話室にいた時、あるはずのないものや聞こえるはずのない声を見聞きしています。

だから、教授の話をまんざら嘘だとも思えませんでした。

けれど、その話の日から2週間程した講義の前日の夜、

教授はまた一人で研究室で夜更けまで作業していたのです。

案の定、また遭遇してしまったと翌朝私たちに報告してくれました。

しかし、問題はそれからです。教授はわざと居残って「彼ら」に遭遇するのを待つようになりました。

私は教授の気が知れませんでした。

噂では憑り付かれたんじゃないかとも言われていました。

私は結構好きな先生だったので、心配になってきました。

ある日、

レポートを出すため教授の研究室にいき、ついでに教授の奇妙な行動について聞いてみました。

「先生、怪奇現象が起こる所に夜更けまでいて、気味悪くないんですか。」

教授は淡々と、ええもう慣れました、と言い、

「私はただこの不思議な現象をじっくりと調べてみたいんです。

私の研究にも関係するかも知れませんからね。」

と含み笑いを口元に浮かべたのです。

ああ、やっぱり「憑り付かれ」てる。

私は諦めました。

教授は「彼ら」に追いかけられているのではなく、「彼ら」を知的に追い掛け回しているのです。

すごい。すごすぎる。

研究者の知的好奇心は未知の恐怖さえ乗り越えてしまうのです。

それでも私は教授がいつか「彼ら」にやっつけられるんじゃないかと心配でした。

しかしその心配は徒労に終わりました。私が卒業して3年経っても、

教授はあの研究室で病気・怪我一つせずピンピンしています。

そして相変わらず、「彼ら」を追いかけまわしているとのことです。





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