あっちの世界ゾ〜ン第十弐夜「自転車」

冥界船長さん談


塾の帰りが遅くなったその中学生は、新興住宅地にある自宅への帰路を急いでいた。

いつもの商店街を自転車で駆け抜け、

とっくに日の落ちたまだ民家がまばらな舗装道路をとにかく急いでいた。

「遅くなっちゃった。早く帰って宿題やらなくちゃ」

急ぐ心がペダルを漕ぐ力に拍車をかける。


ガタッン、突然自転車が揺れた。

包装道路が砂利道に変わっている。

「あれ、工事中なのかな?でも、来るときはこんな所無かった筈だけど・・」

しかし、その中学生はそれが現世から冥土への道に

切り替わったとは、まったく気づかなかったのである。

「!?」

もうとっくに家に着いてもおかしくない時間である。

相変わらず砂利道が延々と続く。

急いでいたため周りの様子に気がつかなかったが、

我に返って周りを見渡すと、明らかに異常である。

いくら新興住宅地とは言え、家一件も見当たらない。

そこは真っ暗な森の中の林道をひた走る自転車の自分があるだけであった。

さすがに悪寒が込み上げてくるのが感じられた。

「あぁ、早くここから逃げ出したい!!」

沸き立つ恐怖がさらに自転車のスピードを上げる。

息も絶え絶えどれくらい真っ暗な林道を走っただろうか?

心の支えは自転車の小さな頼りないライト一つだけである。

「あっ、灯りが見える!!」

林道の先に民家の灯りらしきものが見える。

「助かった! あそこまで行けば・・」

その中学生は最後の力を振り絞った。

灯りがどんどん近づいて行く。

もう目と鼻の先だ。

後もう少しでここから抜け出せる。

そう思ったその瞬間。

「待てーーっ!!」

頭の中に見知らぬ男の怒鳴り声が響いた。

その中学生は反射的にブレーキを力一杯握り締め、自転車は急停止した。

恐る恐る固く閉じた目を開けると、

遮断機のバーを自転車ごと押し曲げ踏み切りに突っ込んでいる自分がいる。

1メートルにも満たない前輪の先には、

悲鳴にも聞こえる警笛を鳴らしながら駆け抜ける急行列車があったのである。


              * * *


その中学生が大人になって後から聞いた話だと、

その昔飛び込み自殺があった曰く付きの踏み切りであったそうである。

しかし、その中学生を呼び止めた声の主は、誰であったのであろうか?

もし呼び止められなかったら、

その中学生は「受験苦による自殺」とでも扱われたのであろうか?

そしてその中学生とは誰であったとは敢えて言わないが、これは実話である。







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