こっちの世界ゾ〜ン・第五十弐夜「痛い話」
奥村紀子(真名)さん談
むっちゃくちゃ痛い思いしたことがあります。 事故以上に痛かったかもしれません。 事故なんて、痛い、つうよりも、麻痺してます、て感じだし。 どちらかというと、まともな時のほうが痛いです。 しかも、瞬間的な痛みのほうがなお痛い。 不思議ですね、人間の体って。 まだ肩の骨がくっついていなくって、遠くに行くにしても車にお世話になる、 という毎日を過ごしている時でした。 私は、助手席に乗るのがイヤでした。 なぜかって? 助手席に乗るとシートベルトをしめなくちゃいけません。 シートベルトをしめると、見事に骨折した左肩にベルトがあたります。 だから、イヤでした。 しかし、自衛隊員の兄克也くんが警察に御用とされないために、 私は痛いのを我慢してシートベルトをはめました。 (後部座席に乗ればよいのですが、ツードアだったため、そっちのほうが辛かったんですよ) 遠くの本屋に行って、さて帰ろう、ということになりました。 お目当ての本を見つけた私は、かーなーりーご機嫌でした。 本好きの私にとって、地元の本屋の品揃えの悪さは不満たらたらだったのです。 だから、嬉しかったんですよ。 さて、克也くんはなにを思ったか裏道を通りました。 むっちゃくちゃイヤな予感がしました。 怪我をしている。 裏道。 それに続くのは不幸。 イヤな展開でした。 「表の道を走ったほうが良いって」 「あかん、こっちのほうが速いんや」 というが、前にはバス。 (どっちもかわらやん) 兄の努力むなしく、バスはことごとく停留所で客を乗せては下ろしていました。 そして、国道あたりに差し掛かると、バスは消えていきました。 そうして、兄の暴走が始まりました。 といっても、怪我人を寄せて無茶な走りは父が許しません。 彼にとっては珍しく安全運転に心がけていました。 かなり前の信号が赤でした。 信号までにかなり距離があります。 十分な空間に、私は安心しきって、遠くを見ていました。 と、いきなり急ブレーキ! 左肩にシートベルトがもろに食い込みました。 肩がイヤな音をたてます。 5秒ほど、「あっちの世界」を彷徨ってしまいました。 5秒後、私は、「こっちの世界」に意地で戻り、克也くんを睨みます。 「なにすんじゃー! なめとんか、痛いやんけ。 急ブレーキかけよって、てめぇ、喧嘩うっとんのかー!」 かなり切れていました。 育ちがわかってしまうような言葉の羅列。 克也くんは普段の妹から見られない威圧と言葉使いに、かなりびびっていました。 「い、いま、バックミラーに物がうつったんだよ」 どうやら、「あっちの世界」の物を垣間見たみたいです。 しかし、その時の私には冷静さがありませんでした。 「私の目には何もうつっとらんかったわ! くだらんこといっとらんと、安全運転せんかー」 その後、克也くんはひた謝り。 そして、家につくと、逃げるようにT自衛隊に帰っていきました。 もしかすると、克也くんが「こっちの世界」に戻ってこれないのは、 これが原因なのでは・・・・ 気にしないでおこう。 私は悪くない。 おしまい |
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