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第千夜『白い土嚢袋の男』いたこ28号談

午後の新宿。歩道に人が集まっている。
折れた枝を引きずっているコンビニの店員。
前輪がひしゃげた黄色い自転車。
その脇でうつ伏せで倒れているスーツ姿の男性。
歩道側にある街路樹の枝が何本もへし折れていた。
ビルを見上げる。窓は何処も開いていない。
八階の屋上からだろう。
血はまったく出ていないように見える。
川原俊行さんは嫌なモノを見てしまった後悔と通行人が
巻き込まれるかもしれない無責任な行為に怒りを覚えたという。
男をもう一度見る。
白い布?
男は艶のある白い布袋を頭から被っていた。
好奇心から遠巻きで見ている野次馬を押しのけて前に出る。
布袋は質感や大きさから土嚢袋に思えた。
興味本位で男を見つめている自分に気付きハッとする。
じわじわと沸いてくる自己嫌悪。
けたたましい消防車とパトカーのサイレンで我に返る。
現場は騒然となった。
蘇生処置を始める隊員。
大声で叫んで意識の確認をする隊員。
黄色いテープを張り野次馬を遠ざける警察官。
消防隊員が男が被っていた布袋を脱がす。
熟し尽くしたリンゴの様だった。
ちらりと見えた顔面は紫色でパンパンに膨らんでいた。

<嫌なもの見ちゃったね。夢に出るよ>

二人組みの女が会話をしながら写メで何度も撮る。
憂鬱な気分で立ち去る川原さんの後方から救急車のサイレンが聞こえてきた。


真夜中、川原さんは息苦しくて目が覚めたという。
部屋の空気がまるで圧縮されたように重かった。

<ズルズルズルズル>

ベッドの下でスーツを着た男がうつ伏せで藻掻いていた。
部屋は暗いのに男の姿がはっきりと見える。
頭から白い布袋を被っていた。
あの男だ。
男は立ち上がろうと右腕をつくと関節がグニャッと逆方向に曲がった。
今度は左腕をつく。
あらぬ方向に折れ曲がる。
何度も同じ事を繰り返す姿は地面に放り出されたヒルがのたくっているように見えた。
腕だけではなく全身の骨が砕けているのだろう。

<なんで俺に憑くんだ。何も出来ないので帰ってくれ。>

男の動きが止まった。
男の口ら吐く苦しそうな呼吸音のみが部屋に響いていた。
それはフイルムを逆回転したように見えたという。
奇妙な動きで正座をすると川原さんの方にゆっくりと顔を向けた。
白い布袋がはじ切れんばかりにパンパンに膨らんでいる。
口の当りだろうか。
モゴモゴと動いていた。
突然男が川原さんに向かって勢いよく倒れると
ベッドの上に芋虫のようにくねりながら這い上がってくる。
ヒッと川原さんは反対側の壁に向かって飛び上がった。
壁に顔を押し付けて震える。
男を見ないように顔を壁に押しつけたまま動かなかった。
いや、恐怖で動けなかった。
話しかけるのでなかった。
川原さんは余計な事をした後悔と恐怖で頭の中が一杯になったという。

「ちがう。」

くぐもった声で男は呟いた。

「ちがう。ちがう」

何度も同じ言葉を呟き続けた。
ズズズズズッと男が詰め寄ってくるのがわかる。
川原さんの後頭部に白い布袋を被った顔をゆっくりと押し付ける。
堅めの布の質感。
つぎに袋の中にあるパンク寸前の顔面の柔らかい感触が後頭部にめり込んでいった。

「ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。」

後頭部から伝わる口の動きに同調した「ちがう」という言葉が何度も何度も繰り返された。
このままでは狂ってしまう。
恐怖で嗚咽と涙が無意識に流れ続けた。

「ちがうんだよ。としくん。」

子供の声になっていた。
幼い頃の想い出が川原さんの頭の中に流れ込んできたという。
悲しい涙が溢れた。
後頭部から感触が消え振り向くと男はいなかった。
川原さんは全てを理解した。
男は親友のヒロシだった。
近所に住んでいた同世代の彼とは幼稚園から中学校まで友人だったという。
別々の高校に進み大学は東京になった川原さんは十年近くあってはいなかった。
「ごめんな。ごめんな。気付かなくてごめんな。ヒロシ君。」
何度も呟きながら朝まで泣いた。

翌日、ヒロシ君が東京で自ら命をたったと川原さんの母親から電話があった。


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私(いたこ28号)が体験者から取材した話は以上です。

そしてこの話を取材して数ヶ月たった頃。
私は別の方から実話怪談の取材をしていました。
会社の同僚からの紹介で集まってくれた取材者は5人。
何話か上質な体験談を聞くことか出来た私は少し舞い上がっていました。

取材がひととおり終わった頃、
私も実話怪談を語ることになりました。
私はこの話、「白い土嚢袋の男」の実話怪談を語ることにしました。

「新宿であった話なんだけど・・・」

と始めると霊感がある女性が突然話をさえぎりました。

「いたこさん、その話ちょっとまって」

「えっ・・・どうしたの?」

「その話はヤバイかも。その話を始めたら後ろにあらわれたよ。」

「なにが?」

「いたこさんの後ろに白いのっぺらぼうが立ってるよ。」

私はのっぺらぼうと聞いて恐怖よりも奇妙な好奇心が沸きました。
のっぺらぼうて・・・美味しすぎる。
しかし数秒後、あることに気付いて恐ろしくなってきました。

白い土嚢袋を被った、あの男が現れたとしたら
・・・顔のない「のっぺらぼう」に見るのでわと。
まだ話していないので彼女には分るわけがないのに・・・来ているのか。
私は底知れぬ恐怖を感じこの話を『封印』する事にしました。

それから数ヶ月後
オカルトラジオで「すべらい恐い話2」が行われました。

本当はこの話をするつもりはなかったのです。
信じてもらえないかも知れませんが
放送の録音ファイを聞いてもらえれば分ると思います。
別の話をするつもりだったのに、
この封印話を語っている自分に途中から気付き数秒間沈黙しているからです。

後日、視界の隅に黒いモノが上から下へ落ちるをみました。
気にしないようにしていたのですが何度も続くと流石に恐い。
氏神様に何度がお参りする事で今は見ることが無くなりましたが・・・。
だからこの実話怪談は私は語りたくないのです。

136様、そしてリスナー様、後はよろしくお願いします。
そして1000話達成おめでとう御座います。

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2007年12月24日 10:41に投稿されたエントリーのページです。

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