何か不思議な話無い?と聞くと
デスクの真佐美さんが「小豆とぎ」の話でもいい?と。
「小豆洗い」ではという私に口を尖らせて「小豆とぎだよ」と笑う。


真佐美さんは小学校2年生の時、都内の中古マンションに引越をした。
建物も部屋も古く薄汚れ道路側に面した壁にはツタが這い気味悪かったという。

「夏になると大量の毛虫が壁を這てさ。
それに六階建てなのにエレベーターがないのよ。」

部屋は五階。階段での上り下りはかなり辛かった。
夏休みのある夜、誰かに名前を呼ばれて目が覚める。
初めは母親だと思ったという。
しかし新居に引越してから部屋をもらい独りで寝るようになっていた。
気のせいかともう一度眠ろうとすると
廊下の向こうから<ショキショキショキショキ>と奇妙な音が響いてくる。

「お爺ちゃんの庭の音だと思ったんだよね。」

お正月になると必ず秋田にある父親の父宅に帰郷する。
庭には白い砂利が引き詰められていて、そこを歩くと同じような音がした。
彼女はその音が大好きで何度も何度も歩いた。

さほど怖くなかったので彼女は何の音なのか確かめようと部屋を出た。
風呂場からだった。
<ショキショキショキショキ>
心地よいリズムを刻んでいる。
音は彼女が風呂場の前に立つと消えた。
音の主を確かめようとドアを勢いよく開ける。
そこにはただ見慣れた小さなユニットバスがあるだけだった。

ガッカリしながら部屋に戻るとまた廊下の向こう側から
<ショキショキショキショキ>と心地よいリズムで音が再び聞こえてきた。
その後も何度か同じことがあったのだが、
必ず風呂場の前に行くと音は消え部屋に戻ると聞こえたという。

ある日両親に確かめてもらおうと起こしに行くと
両親の部屋に入ったとたんに音がしなくなった。
音の主は大人には聞かせたくないんだと思った。

「夏休みが終わる前にどうしても正体が知りたかったんだよね。」

理由は宿題の絵日記に音の主の姿を描きたかったのだという。
ある作戦を考えた。
その夜もやはり風呂場から<ショキショキショキショキ>と音が聞こえてきた。
いつものように風呂場の前まで行くと音が消える。

「眠いからへやにもどる!て叫んでからね。」

わざとらしく足踏みを始めた。
足音を少しづつ小さくしていき部屋に戻っているように見せかけた。

「今馬鹿にしたでしょう?だけどこれが旨くいってさ。」

<ショキショキショキショキ>

どうやら彼女作戦は成功したようだ。
彼女と音の主とはドア一枚で隔たれているだけだった。
ゆっくりとドアノブに手を掛け勢いよくドアを開ける。
音の主の姿は無かった。
それは放送終了後に流れる砂嵐の音に似ていたという。
数秒の沈黙の後『ザッー』という
音だけが壁にぶつかり凄い勢いで上下左右に移動をした。
突然現れた彼女の姿に驚き「音」が跳ね回っているようだった。
彼女の耳元をかすめ勢いよく天井を突き抜ける。
『ドッ~ン!!』と地鳴りのような振動が天井全体に響いた。

流石に両親にも聞こえたらしく慌てて部屋から飛び出してくる。
呆然と立ちつくしていた彼女は両親の顔を見ると急に怖くなり大声で泣いた。
その後あの音を聞くことは一度もなかったという。

二学期の初日、学校で友人達にこの話をすると、
男の子がそれは「妖怪だよ」といい、次の日「妖怪大図鑑」を見せてくれた。
妖怪名「小豆とぎ」。
巨大な両目に出っ歯の禿げ男が小豆をとく姿のイラストがあった。

「子供ながらに、あんな変態チックなおっさんを見なくてよかったと思ったね。」

姿は見なかったが「小豆とぎ(←知らない人はここを押せ)」に
間違いないと口をとがらせながら真佐美さんは笑った。