こちらへは久しぶりの書き込みになります。

あれはわたしが中学校2年生だった秋、もう20年以上前の話です。夜の9時頃でしょうか、夕飯の後テレビなどを見てから、私はひとり風呂に入っておりました。


当時、うちの風呂場は、昔の農家によくあったような離れになっておりました。トタンで回りを囲った離れの入り口には、上半分にすりガラスをはめ込んだ木製の引き戸がついています。脱衣所もなく、引き戸を開けると、そこにすのこがひいてあって、横に風呂桶があるのです。要するに、戸を開けると、そこがもう浴室兼脱衣所なわけです。

風呂場のすぐ脇には、大きな梨の木が植えてあって、ちょうどその頃(10月)は、庭一面に梨の落葉が敷き詰められたようになっていました。

そして、風呂場から母屋の玄関までは、約7m程の距離があったのです。

わたしが身体を洗っているとき、突然、玄関先から落葉を踏みつけたような「ガサッ」という音が聞こえました。かなり大きな音です。何か、大きな重い物を落葉の上に落としたような感じの音でした。「何だろう?」不思議に思いましたが、母がまた家庭菜園のナメクジでもとりに庭に出たのだろうと考えました。しかし、その前後、玄関の引き戸を開ける音が聞こえた記憶がありませんでした。いつも開ける時ガラガラと音を立てる玄関の引き戸がです。母が庭に出たのなら玄関を開ける音が聞こえるはずです。

このことが心に引っ掛かって、玄関の方からする音に何となく注意を向けていました。

2分程たった頃でしょうか、また玄関の方から「ガサッ」と音がしました。先程と同じ音です。ただ、音は先程の場所から2m程こちらに近づいているように感じられました。

やはり、大きな重い物を落ち葉の上に落としたような音。喩えて言えば「臼」のようなを面積の大きなものを真上から落としたような音です。

「?...」耳を澄まして、身体を洗う手を止めました。こんなことは初めてです。あの奇妙な音は一体何なのだろう?頭の中に疑問がわきあがって来ました。母にしては、音のする間隔が開きすぎています。大またで一足飛びにジャンプでもしなければこんな音はしないはず..。では、何者がこんな音を立てているのだろう?泥棒とか、変質者の可能性だってあります。わたしは少し緊張してきました。

身体を流しながらも、例の音に注意していました。すると、また2分ほど立った時、「ガサッ」と同じ音が、更にこちらに2mほど近づいた場所から聞こえてきたのです!

もう間違いありませんでした。何者かが確かにうちの庭にいるのです。しかもそいつは確実にこの風呂場に近づいています。誰だろうと、こんな夜更けに他人の家の庭に侵入しているのですから、尋常ではありません。おまけに最後に音のしたあたりから風呂場までは約2m程に感じました。同じ間隔で移動してくるならば、今度は風呂場の真横に来るはずです。

しかし、ここに至っても侵入者がなぜこんな奇妙な動き方をするのか、理解できませんでした。

歩く音を消そうというのなら、もっと小幅にゆっくり歩けば良いはずです。庭の落葉をわざわざ踏みつけて大きな音を立てる事は得策ではありません。音は、もし足で移動しているなら、両足で跳んで落葉の上に着地するような感じなのです。もっとも侵入者が精神異常者なら、何をしたって不思議ではありませんし、とにかく今は、自分は素っ裸で無防備なのです。わたしは、とりあえず湯ぶねをかき混ぜるために使う自家製の湯かき棒(木の棒の先に木の円盤がついている頑丈なもの)を音を立てないように手にとり、そっと身構えました。

今度は、音を待っている時間がとても長く感じられました。じっとしていても、棒を握る手に力が入ります。

しかし、例の音は、またしても同じぐらいの時間が立った頃、同じ距離を一足飛びに近づいてきました。「ガサッッ!」風呂場の壁を隔てて、わたしの背中のすぐ後ろ、梨の木の周辺から聞こえてきました。わたしは「はっ」として反射的に入り口の戸を見上げました。

その時です。まるで下から弾かれたように、五本の指を大きく広げた白い手が、入り口のすりガラスにいきなり映ったのです。

今でもあの光景は目に焼き付いています。

すりガラスに写った手は、出てきた時と同じく唐突に消えました。肘をまげた手を振り上げて、すぐに下に降ろしたような感じです。

手が消えたと同時にわたしは「誰だー!!!」と戸口に向かって怒鳴りつけていました。身構えたまま1~2分が経過しました。あたりは「し-ん」としています。侵入者は、まだわたしと背中合せの位置にいるはずです。動けば落葉の音がします。

しかし、いつまで経っても人の気配がしないのです。わたしは先制攻撃をかけようと体を出来るだけ戸口から離した状態で手を一杯に伸し、入り口の戸にかけると勢いよくそれを引き開けました。

そこには誰もいませんでした。何かが動く気配もありません。湯かき棒を構えたまま、そおっと先刻まで背中を向けていた壁の外側、梨の木の根元のあたりを覗きこんでみました。しかし、そこから母屋の玄関にかけて、どこにも人の気配はありませんでした。

風呂場から母屋に戻ったわたしは、テレビを見ている両親に、いましがた庭に出なかったかと尋ねました。二人とも「ずっとテレビを見ていた」とのことでした。

わたしが、今風呂場で起こったことを話すと、用心深い父親が、大型の懐中電灯を持って、私と一緒に庭の隅々まで見て回ったのですが、どこにも人がいた痕跡は見つかりませんでした。

両親がいた部屋からは玄関が見えるのですが、玄関先に人が来たような気配はまったくしなかったということです。

風呂場で不思議な事が起こったのは、この時一回だけです。

あれが何だったのか断定する事は出来ませんが、わたしが遭った今だに説明できない出来事を書かせていただきました。